2021年03月24日

●テート美術館所蔵 コンスタブル展 ブロガー内覧会

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コロナ禍の中の2回目の春。夕暮れ前の青空を背景に、桜ごしに日銀旧館を眺めつつ、日本橋から丸の内へ。

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丸の内ブリックスクエアの中庭に到着。日本の春から英国式庭園の世界へ。
三菱一号館美術館「テート美術館所蔵 コンスタブル展」が開催中です。そのブロガー内覧会に参加しました。
「19世紀イギリスの画家ジョン・コンスタブル(1776-1837年)は、一歳年長のJ. M. W. ターナーとともに自国の風景画を刷新し、その評価を引き上げたことで知られます。(展覧会HPより)」
時間軸的には産業革命と並行しているので、社会・自然環境の変化に伴い絵画の対象・ニーズも変化したのでしょう。日本だと北斎、広重と同時代なのが興味深いです。
※会場内の写真は、主催者の許可を得て撮影しています

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1 イースト・バーゴルトのコンスタブル家
1.1 初期の影響と同時代の画家たち
左:ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー《テムズ川とアイズルワースの船着き場》
右:ジョン・コンスタブル《ストラトフォードのセント・メアリー教会を望む》

コンスタブルの家族、愛着のある土地、生活が安定するまで長年結婚を待ち続けた妻、生計を立てるための肖像画。そして同時代の画家たち。
青空に暗雲垂れ込める瞬間を捉えるターナーと、灰色の雲を通して光を描くコンスタブル。2人の視点の違いが印象的です。

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2 自然にもとづく絵画制作
ジョン・コンスタブル《フラットフォードの製粉所(航行可能な川の情景)》

「「あらゆる創造力がそこから湧き出る源泉」として自然を捉え、その根源的な本質を探るには戸外で描く必要がある、と考えていました。(展覧会HPより)」
彼の描く自然は、日本に住む私には馴染みがありませんが、雲越しに光が拡散され、緑も水もどこか重さを感じさせます。それは晴れの少ない風土と、成功を目指して努力を続ける彼の生活が重なっているように見えます。

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3 ロイヤル・アカデミーでの成功
左:ジョン・コンスタブル《ジェイムズ・アンドリュー夫人》
右:ジョン・コンスタブル《ヤーマスの桟橋》

「1816年末に結婚したコンスタブルは、ロンドンでの家庭生活を維持するために、肖像画制作に励みます。(中略)1819年、画家はロイヤル・アカデミーの准会員に選出されます。 (中略)家庭に馴染むような小型の絵画も好んで描きました。(展覧会HPより)」
長年待ち続けたマライアとの結婚、ロイヤル・アカデミーでの評価。成功へと歩む一方で、栄誉だけでなく家庭用の小品も描く姿勢に親しみを感じます。

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4 ブライトンとソールズベリー
ジョン・コンスタブル《チェーン桟橋、ブライトン》

「結核を患う妻の療養のため、コンスタブルは1824年以降、イングランド南岸サセックスの海辺の町ブライトンに何度も足をのばしました。(展覧会HPより)」
産業革命とともにロンドンでは結核が大流行し、コンスタブルの妻も罹患。リゾート地で療養するも1828年に亡くなります。12年という短い結婚生活の中で、7人の子宝に恵まれ、短いながらも幸せだったのでしょうか。
感染症の流行という点で、現代との共通点を感じます。違うのは、1800年代ならリゾートへ、現代なら在宅へという点ですね。

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5 後期のピクチャレスクな風景画と没後の名声
5.1 ロイヤル・アカデミーでの競合
左:ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー《ヘレヴーツリュイスから出航するユトレヒトシティ64号》
右:ジョン・コンスタブル《ウォータールー橋の開通式(ホワイトホールの階段、1817年6月18日)》
「妻の死からわずか数か月後の1829年2月、画家のもとに、ロイヤル・アカデミーの正会員に選出されたという吉報が届きます。(展覧会HPより)」
妻の死と入れ替わりの、画家としての地位の確立。
そして、本展3つの見どころの1つ、好敵手ターナーとの対決
実際に観ると、画題も密度も全然違う、たまたま隣り合った作品をめぐっての両者のリアクションエピソードによる話題作りという感じ。この後のコンスタブルの画風のピクチャレスク化を観ると、むしろコンスタブルがターナーに傾倒していったようにも見えます。

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5.3 晩年
左:ジョン・コンスタブル《教会の農場》
右:ジョン・コンスタブル《ヴァリー・ファーム》
「死後の評価に思いをはせた晩年のコンスタブルは、主要作品の版画からなる『イングランドの風景』の出版計画に注力します。 (中略) 1830年代には風景画の歴史と意義についての講義を行い、ロイヤル・アカデミー美術学校で後進の指導にあたるだけでなく、夏季展覧会の選考委員会に2度加わるなど、画壇の重鎮としての役割を果たしました。(展覧会HPより)」
死後の評価まで視野を広げ、精力的に活動するコンスタブル。画面も以前より明るくなったように観えます。

展覧会の構成は、画家の初期から晩年までバランスよく作品を集めて構成されており、とても見応えがあります。死後200年近く経って、日本でこのような充実した回顧展が開催されることは、死後の評価にまで配慮して活動した画家の本望ではないでしょうか。

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Store 1894では、本展グッズを販売中。
初日から売り切れたという、《空と雲のマグカップ》(2,500円)も3種類のうち2種類在庫ありでした!
ブルーグレーの色彩は、コーヒーが美味しそうに見えるので好きな色です。

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中庭から仲通りへ抜けて、東京駅へ。
お腹も減ったのでご飯を食べていきたいところですが、家に直帰します。
コロナ禍で変わったのは、寄り道をしないことと人と話さないことですね。
一日も早いコロナ禍の収束を願っています。

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展覧会概要
会期:2021年2月20日(土)~5月30日(日)
開館時間:10:00〜18:00
※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日
※但し、祝日・振替休日の場合、
会期最終週と2月22日、3月29日、4月26日は開館
会場:三菱一号館美術館
https://mimt.jp/
主催:三菱一号館美術館、テート美術館、朝日新聞社
後援:ブリティッシュ·カウンシル、UK in JAPAN
協賛:DNP大日本印刷
協力:日本航空

Posted by mizdesign at 22:10 | Category : a3.2 アート 近代以降 | Comments [0] | Trackbacks [0]