2012年08月05日
●豊島美術館
夏全開の8月1週の日曜日。念願の豊島美術館に訪れました。2010年10月の開館以来、耳にするのは絶賛のコメントばかり。ずっと気になる存在でしたが、ようやく初訪問です。
丘に埋め込まれたチケットセンターでチケットを購入して、いよいよ美術館へ!
明神山を遊歩道沿いにグルリと周遊します。緩やかに起伏ある地面、木々、青空、海。建築家によるベンチ。
そしてアートスペースへ。皮膜を絞るようにして設けられた入口から入ります。中に広がるガランとしたコンクリートシェル構造の空間。心地良さげに寛ぐ観客たち。大きな二つの開口部の向こうに広がる青空。そして床面にフルフルと身を震わせながら動く水滴たち。ときに避けあい、ときに一体化して、徐々に泉へと注ぎます。建築:西沢立衛、アート:内藤礼による詩的空間体験。その場に身を置いて過ごすひと時は、至上の幸せ。
カフェでイチゴソーダを飲んで涼み、チケットセンターまで戻ります。
向かいの棚田に登って、美術館と海と棚田を眺めます。来て良かったなーと心から思える、素晴らしい体験でした。
2012年07月28日
●イサムノグチ庭園美術館
7月最後の週末。思いがけず連休になったので、かねてから行きたかったイサムノグチ庭園美術館へ出かけることを思い立ちました。本来はハガキによる予約が必要ですが、前日の15時以降にまだ空きがあれば電話による予約も可能です。
最寄駅のことでん八栗駅から徒歩20分。受付棟に到着します。ここで入館料を払い、ツアーの定刻まで待ちます。
定刻になると、徒歩数分のアトリエから見学開始。見学時間はアトリエとイサム家+彫刻庭園を30分ずつの、だいたい1時間程度です。
以下、鑑賞メモです。
□アトリエ
作業蔵
雨の日にここにこもって研磨作業を行うこともあったらしい。
内部にはグラインダー、サンダー、板ガラスが点在する。
滑り台の模型も置かれている。
石壁サークル内屋外展示
庵治石を積み上げた石壁サークル「まる」に包まれた創作展示空間。
個々人それぞれに感じ取ってもらえるよう、説明書きは一切ない。
いつ先生が戻って来ても、すぐに創作活動を再開できるよう配置。
完成品も未完製品も並列して配置。サインの有無で判別。
未加工の部分、石を割った面ままの面、円滑に円筒状に刳り貫かれた面など、様々な状態が混在します。
展示蔵
大きく開いた開口部が生み出す、光と影のコントラストと奥行き。
加工面と素のままの肌合いと加工された滑面とのコントラスト。
内部は2/3ほど2階(天井裏?)あり。
磨き上げられた作品と土壁、木柱の対比。
巨大なエナジーヴォイドの存在感。
石と建築と光と風が一体になった世界。
□イサム家
玄関及び格子窓から覗いて見学。
丸亀の豪商の家を移築。
畳の高さを下げてベンチ状に使う。その下に床暖房。
土間及び居間中央に置かれた黒テーブルの存在感が美しい。
と同時に、高さ的に実用面では?マークが浮かぶ。
居間越しに見える竹林が美しい。
居心地良さそう。
□彫刻庭園
階段を登って右手に石舞台。
山すそを渦巻くように白砂利が敷かれ、導かれて山を廻る。
山の上に卵形の石。イサムノグチがたいそう気に入っていた。
屋島と海の眺めが素晴らしい。
水の流れを表現した石組み。始めは細かく、次第に荒々しくなり、最後は荒々しい大石。
自然と彫刻と建築が一体化した、環境空間というべき世界を作り出しています。
とても記憶に残る体験でした。
イサムノグチといえば、谷口建築。というわけで、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館へと足を延ばします。
立体的に積み上げたアート関連の諸機能を回遊する楽しさが素晴らしい。
カスケードプラザに設置されたイサムノグチ作の彫刻。
2011年07月24日
●9hours @京都寺町
7月下旬の金曜日、仕事で京都に出張しました。せっかくの週末なので、高いデザイン性が話題を呼んだカプセルホテル「9hours」に泊まってみました。開業が2009年12月なので、それから1年半。開店景気も落ち着いて、平常営業へと移行した頃でしょう。
四条寺町の八坂神社御旅所。囃子の音が流れ、祇園祭の熱気が漂います。
その脇を入ってほどなくひっそりと、9hoursはあります。サインはシンプルかつ最小限、ガラス戸の向こうの白空間に下駄箱がズラリと並びます。そしていかにも蛇足っぽい白い自販機。中のラウンジにも自販機が設置され、当初は無料だったミネラルウォーターは100円になっていました。コツコツ稼いで収益性向上という現実との接点なのでしょう。
下駄箱の奥が受付、さらにその奥がラウンジ。複数の機能を白いアイランド配置でスッキリまとめるデザイン。スタッフがアルバイトの方なのか、応対はマニュアルを空で読んでる感じ。ここから先はフロア単位で男女別に分かれます。エレベーターも別。
男性は9階まで上がって、ロッカーに荷物を入れて室内着に着替えます。その奥に洗面所、シャワーブース、浴槽。ロッカー通路で誰かが荷物整理を始めると、途端にその一角は通行止め状態。このあたりは従来のカプセルホテルと同じ。でも間仕切りを極力なくし、ガラスを多用して広がりを感じさせます。壁面一面に設えた棚がガランとしていて寂しい。以前はバスタオルやアメニティを並べていたみたいですが、今は一切なし。タオルとアメニティは1回分がロッカーの中に入れてあります。
シャワーブースの入口は施錠可。脱衣、シャワー、浴槽通路間に二枚のガラス仕切り。少々狭いけれど、機能は満たします。やっぱり浴槽があるのがうれしい。内側からは施錠できないので、ロッカーの鍵を脱衣スペースに置いて行くと少々不安です。普通の腕輪式にしてくれると良かったのに。
下のフロアに下りて、カプセル入り。暗い通路に、ボンヤリとした黄色い光で満ちたカプセルが行燈のよう。必要な明るさは確保しつつ、とても落ち着きます。携帯電話の充電はカプセル内のコンセントで行うので、携帯はカプセル内に持って入ります。ただし通話はラウンジで。カプセル奥上部にある「室内環境システム」に起床時間をセットすると、照明が徐々に暗くなって就寝。空調が効いた室内はとても快適です。
起床時間が近づくと、照明が徐々に明るくなり目が覚めます。その目覚めの気持ち良いこと!眠りの深さ、目覚めの自然さの賜物でしょう。9階に上がって着替えて朝ランへ。四条河原町から七条通まで南下して、京都駅から烏丸通を御苑まで北上。苑内を一周して、丸太町通から賀茂川へ。川沿いに四条まで南下して、寺町まで戻る。途中、清水寺、大文字、納涼床等が見えて、情緒満点!受付でバスタオルを借りて、再度9階へ。シャワーを浴びて、着替えて、ラウンジで水分補給してチェックアウト。
「眠りの拠点、スリーピング・ハブ」というコンセプトを練り上げ、具現化した空間は素晴らしい完成度。目覚めたときの気持ち良さは最高!新しい滞在の形に触れたと思える。
その一方で、デザイン先行で詰め切れなかったところは現在進行で調整中。価格帯は抑えて、コスト節減+サービスの有料化で収益モデルを調整。キャンペーンを打って、ユーザー層の拡大と、存在の周知を図っている感じ。
是非とも、眠りの質は維持しつつ、新しい都市インフラとして定着して欲しいと思います。
2011年03月31日
●建築家 白井晟一 精神と空間@パナソニック電工 汐留ミュージアム
パナソニック電工 汐留ミュージアムで開催された「建築家 白井晟一 精神と空間」を観ました。
■序
チケットカウンターとなりに再現された書斎の風景。哲学者のような風貌を前面に出したビジュアルと合わせて、本展への期待が高まる。
■虚白庵
「無塵無窓」のテキスト、ゴロッと置かれた「ヴィーナス」、「書 日光」。それらが飾られた内観写真。濃密な思索の小宇宙に引き込まれる。
■書
本格的に建築を紹介する前に、書を紹介。人間「白井晟一」に焦点を当てる構成。
■住
住宅建築の紹介。洋と和の融合を試みる構成から、和空間の流れるような連続性へ。
■塔
厳密にボリューム設定された外観、マッスを刳り抜くような内部空間。
「親和銀行 懐霄館」。
彫塑のような外観が何より印象的。機能を超え、既存環境を超え、白井の内宇宙が形を得て現出する。学生だった頃にこの建物の写真集を観て、いつの時代の建物か、そして何の建物か分からなかったのを思い出した。
「NOAビル」。黒い円筒形の外観、刳り抜いたようなロビー。都内で体験できる白井建築その1。1階がギャラリーになっているので、内部も観られるのが嬉しい。以前に訪れたときは、傷みもあって神殿と廃墟の間のような感じだった。テナント部は普通のオフィスビル。
■原爆堂
実現を前提としない計画案。シンボリックな形態と祈りを込めたようなドローイング。本で何度も見た透視図の実物を初めて観た。哲学的な思索プロセスを大切にする白井建築における代表作。
■幻
デッサン、図面、今はなき建物の写真。思索の足跡を辿る展示。
■共
「松涛美術館」。都内で体験できる白井建築その2。美術館という機能に加えて、独特な造形性、空間構成をたっぷりと体験できるのが嬉しい。サロン・ミューゼ、再開して欲しい。
■祈
善照寺本堂。都内で体験できる白井建築その3。未見。今度行ってみよう。
■装丁
白井の想定家としての仕事。
エントランスホールでの映像。「日本のモダニズム建築 -17作家の作品が描く多様な展開」より、白井晟一の部分を抜粋上映。液晶TV前は立見が出るのほどの盛況。展覧会では乏しかった実空間の情報を補完
書、建築、装丁。多面的なアプローチで「白井晟一」像を浮かび上がらせる構成。特に冒頭の虚白庵に強く惹かれました。建築でなく、建築家に焦点を当てる見せ方は、展覧会ならでは。そしてその先に、言葉や写真で表しきれない白井建築の深みに触れるひとときがあるように思われました。「何を伝えたいか」を絞り込むことで、世界が広がる。展覧会の可能性を感じました。
その一方で気になるのは、現存する白井建築の少なさ。建築=長く残るモノと思っているので、この現状は残念。経済面から建て替えた方が効率が良いのか、白井の意図したデザインと実用の間に断層があるのか。NOAビルと松涛美術館を見る限りでは建物の老朽化が感じられるし、メンテナンスもかなり費用がかかりそう。
2010年11月30日
●横須賀美術館
秋の行楽季節4連休の3日目は、横須賀美術館へ。「ラフェエル前派からウィリアム・モリスへ」展と、鉄のガラスの二重膜建築の二本立て。
「海の広場」の芝生と、観音崎に挟まれたガラスの箱。広場をぐるりと回り、レストランの前を通って入口へ。
眼下に吹抜ギャラリーを眺めながらブリッジを渡ってエントランスホールへ。振り返ると、鉄の箱に開いた穴から柔らかな光が注ぐ。
倉庫のような企画展示室、B1階に降りて回廊型展示室、吹抜のギャラリーを経て、エントランスホールに戻る。
右を向くと、観覧席のような閲覧スペース、空へと伸びる螺旋階段。白い箱を欠き込んでガラスを嵌め込んだような空間構成が、透明感があって魅力的。
螺旋階段を登ると、目の前に広がるガラスの屋根面。その向こうに海。
反対側には観音崎の山。屏風のように連なる地層に囲まれて、グレーチングを敷いた屋上散策路が広がる。
山に向けて歩くと、中庭を介して図書室のガラススクリーンが地層のようにのぞく。その上は「山の広場」。
「山の広場」側に渡って振り返ると、「ガラスの箱」に入れ子状に納まる「穴あき鉄の箱」の構成が良く分かる。
「穴あき鉄の箱」と「ガラスの箱」の間は、「館内の柔らかな光を生み出す緩衝帯」であると同時に「設備スペース」。裏方空間をガラス張りで見せてしまう大胆な構成。
「海の広場」、「山の広場」、「美術館」という面構成。展示空間+レストラン+海と山という滞在型プログラム。「穴あき鉄の箱」と「ガラスの箱」の二重膜建築。東京湾と観音崎にはさまれた立地をさらに拡張する、立体回遊空間としての建築。
2010年11月24日
●根津美術館庭園 紅葉之景
今年の紅葉は色づきが良いともっぱらの評判。紅葉は冷え込みに左右される季節もの。これは名所で紅葉狩りをしなければと思い立ち、根津美術館庭園に出かけました。
美術館を通り抜けて、まず目に入る景色。灯篭と、それを覆う見事な紅葉。
披錦斎・一樹庵あたり。水平に広がる紅葉は深山の趣。
弘仁亭・無事庵あたり。苔と飛び石と紅葉。素材のコンビネーション。
披錦斎・一樹庵あたり。大屋根と灯りと紅葉。茶室はどこも使用中で、灯りが入っていた。ライブ感があって伝統が現代に生きてる感じがする。
吹上の井筒の近く。紅葉水景。船の屋根、水面に浮かぶ落ち葉。作り物っぽい構図、でも良く似合う。紅葉之景も、四季の変化を楽しむための演出装置。
都会の真っ只中で紅葉を満喫できる根津美術館の庭園は、いつもながらすごい場所だと思います。
2010年11月23日
●LLOVE@旧代官山iスタジオ
旧代官山iスタジオで開催されたホテル型展覧会「LLOVE」を観ました。1968年に奈良県渋谷寮として建設され、2005年10月に奈良県代官山iスタジオ(情報発信+宿泊施設)に改装され、2009年末に閉鎖された建物を活用して、オランダと日本の建築家がホテルに見立てたインスタレーションを展開する企画です。実際に宿泊も可能だそうです。建物は解体して土地を売却する予定だそうなので、見納めと思って最終日に滑り込みました。
302号室 永山祐子。床に白砂利を敷き詰め植栽を配するワイルドな発想が、ちゃんとインテリアとして成立している。夜は寒そうだけれども、野性に目覚めるからちょうど良い?
304号室 中村竜治。客室の上に池を浮かべる驚きの発想と、それを物質化する半透明ロープ。知的操作のような構成とは裏腹に、池からヌーッと顔を出すように起き上がるシーンが想像できて愉快だった。
305号室 ヨープ・ファン・リースハウト。部屋には手を加えず、室内にオブジェを置くことで空間を異質化。ベッドの脚がアートワークであることを主張していた。
306号室 ショルテン&バーイングス。障子にパンチングメタルをかぶせ、壁面にピンクの壁画を描き、壁際に桶?を並べたり。展示スペースのような白い空間。
307号室 リチャード・ハッテン。ストライプ柄でカラフルに埋め尽くされた壁面。一種のラッピングアートワークのよう。
308号室 ピーケ・バーグマンス。床から壁へ、マットが大きく躍動する!色味を抑え、丸窓のある空間は、まるで墨絵のよう。
日本の建築家が空間を拡張するのに対して、オランダはの建築家は空間に異物化するアプローチに思えた。「泊まりたいか」という視線で観ることが新鮮でした。泊まってみたいと思ったのは302号室と307号室。泊まり方に一番興味が湧いたのが304号室。PVのように、ボールを転がしながら一晩過ごすのだろうか。
2010年05月06日
●建築はどこにあるの?@東京国立近代美術館
東京国立近代美術館で開催中の「建築はどこにあるの? 7つのインスタレーション」を観ました。
中村竜二「とうもろこし畑」。構造体を極細化+集積することで生まれる、霧のような存在感。まだ観ぬ「可能性としての建築」はここにあると思った。
中山英之「草原の大きな扉」。大きく開いた扉が、建物の中と外を反転する。草原でのピクニックイメージが気持ち良い。
内藤廣「赤縞」。内装工事で活躍するレーザー水平器を活用。レーザーで規定された空間を、人が動くことで柔らかく造形する。建築というより、トロンの世界に迷い込んだ気分。
菊池宏「ある部屋の一日」。模型の周りをライトが周回し、その光の変化を原寸模型の壁面に映しだす。その移ろいはBGMと相まって詩的で美しい。
伊東豊雄「うちのうちのうち」。実現もしくは実現に向けて進行中のプロジェクトから、そのエッセンスを発展させた形で再構成。現実に軸足を置きながら、詩的な空間を現出させる力量はさすが。
見せ方の達人たちが様々な手法でもって、建築はどこにあるの?と問いかける。視覚ゲームとして面白い。その一方で、建築家がアートワークを作成する意義って何だろう?という疑問を感じました。
2009年10月07日
●新・根津美術館
3年半の休館を経て、新創開館した根津美術館の内覧会に行きました。
注:画像は主催者の許可を得て撮影したものです。
大きく変わったのはアプローチ。
以前は蔵だった建物を建て替えて展示棟とし、以前のエントランス兼展示棟は事務棟へと用途変更。表参道からみゆき通りを南東に向かった突き当たりに、黒い二層のボリュームが壁の如く現れます。都市と庭園を隔てる黒い壁。
黒壁に突き当たると、90度右に折れて、竹で覆われた外壁と竹林で挟まれた道が伸びます。大きな庇が迫り出して、空を覆います。
外壁の端部に至り、左に90度折れると、大庇に嵌めこまれたガラスの箱が現れます。分断、視点変換、素材切替。映画のカット割のようにパッ、パッ、パッと場面が切り替わります。
「ようこそ、新・根津美術館へ!」
エントランスを進むと、2層吹抜けのホールに至ります。その向うには、庭園が透けます。
展示室1 [企画展示]。「吉野竜田図」の鮮やかな桜と紅葉の共演が、目に沁みます。
展示室3 [彫刻]。コンパクトなスペースに仏像彫刻の美品が並びます。驚くべきはガラスの存在感のなさ。かすかに映り込むので存在することは分かりますが、すぐに忘れてぶつかりそうになります。
展示室4 [青銅器]。黒壁に嵌めこまれたガラスケース。段々天井の間接照明に、クローバー型展示ケースが映えます。
ガラスの箱を抜けて、庭園へ。手入れの行き届いた緑と石畳のコントラストが美しい。
道は緩やかに蛇行しながら、NEZU CAFÉへと至ります。和紙を貼ったような質感の天井、その一部から自然光が透け、間接照明の光と相まって黄金色に輝きます。ガラスに囲まれたカウンターは、庭園の緑に取り込まれるよう。
都市と庭園の境界を劇的にデザインする空間構成。ガラスの美しさを極限まで極めた素材演出。その空間体験は、東京でもっとも新しく、もっとも美しい散歩道のようです。
2009年07月24日
●建築家坂倉準三展 モダニズムを住む 住宅、家具、デザイン@パナソニック電工 汐留ミュージアム
パナソニック電工 汐留ミュージアムで開催中の「建築家坂倉準三展 モダニズムを住む 住宅、家具、デザイン」を観ました。鎌倉展が大規模建築と都市に焦点を当てていたのに対して、こちらは住宅、家具が中心です。
Section1 東京とパリ、伝統とモダンの間で
Ta邸。正方形間取り+中庭というプランに、大屋根を乗せる。進取のデザインと、風土・伝統との折り合い。
lh邸。外と中を一体化する、大扉の原寸模型が目を惹く。コルビュジェの下で学んだ軸吊り扉の応用。扉が歪まないように丸鋼で引っ張っていたり、押縁断面をハの字に加工したりといった工夫が良く分かる。
Um邸画室。上村松園の画室とあって、興味をひく。しかし廊下と茶室の写真のみ。
三保建築工芸。坂倉が起こした家具製作会社。領域横断的な活動から、生活全般をデザインするという気概が感じられる。
Section3 個人住宅の多様な展開
Ni邸。有名な「正面のない家」シリーズ。「見せる」外観を廃して、内外空間の連続で全体を構成する。1/20スケールの模型があって分かり易い。
Section4 文化をつくる建築家の仕事
シャルロット・ペリアンとの協働、ル・コルビュジェの展覧会。デザインという言葉の定着に向けての活動。
2部構成を通して浮かび上がるのは、建築に対する真摯な姿勢。「社会」をデザインせんとする、活動領域の広さ。課題に対して現実的な解答を模索するスタンス。それらのアウトプットとしてのデザイン。そして、建築家の死後も生き続ける「建築」。とても良く出来た2部構成の展示です。
2009年07月22日
●建築家坂倉準三展 モダニズムを生きる 人間、都市、空間@神奈川県立近代美術館
神奈川県立近代美術館 鎌倉館で開催中の「建築家坂倉準三展 モダニズムを生きる 人間、都市、空間」を観ました。
モダニズムの巨匠「ル・コルビュジェ」の下で学んだ日本人の一人であり、日本の近代建築及びデザインの発展に大きく寄与した建築家「坂倉準三」の回顧展です。彼の代表作である「神奈川県立近代美術館 鎌倉館」と、住空間をテーマにした展示を意欲的に開催する「パナソニック電工 汐留ミュージアム」での2部構成の展示です。
展示はコルビュジェのアトリエでの修行時代から始まります。当時携わったプロジェクトの図面、スケッチを通して、彼が学んだ素材、技法、考え方を紹介します。後の神奈川近美につながる、鉄骨造にセメント版を貼るアイデア。社会の要請に対する建築的回答としての、工業化住宅の在り方。
華々しいデビューを飾る、1937年のパリ万博日本館。ゆったりとしたスロープで連結される敷地と建物、傾斜のある敷地を活かした配置計画。1/50模型と原寸木製ルーバーによる、臨場感ある空間の再現。
帰国後の、物資の乏しい時代の工夫を凝らした設計活動。現実と向かいつつも、モダニズム空間の豊かさを獲得しようとする真摯な姿勢に感銘を受けます。そして日仏会館の設計を皮切りに、塩野義、東レといった企業との信頼関係を築いて次々と関連建築を手がける時代へ。さらに時代の上り調子を背景に役所、美術館、学校などを次々と手がけるようになります。
もう一つ印象的なことは、出光の給油所に一つ一つ異なったデザインを考えるといった小さな建物にも情熱を注ぐ姿勢や、渋谷駅等の駅前再開発を交通動線を踏まえて検討するといった領域横断的な活動です。展示のクライマックスが新宿駅西口の再開発なことが象徴的です。
会場から感じられるのは、終生変わらぬコルビュジェへの尊敬の念と、建築に留まらずプロダクトから都市計画まで、時代の要請に真摯に向き合う姿勢。その誠実さゆえに、造形面ではそれほど突出したモノを感じません。建物群の更新期を迎えるに当たり、坂倉建築もまた姿を消すのか、手を入れながら存続するのか。デザインの価値を問われる時代に入ります。
代表作である建物を体験しながら観る回顧展は非常に説得力があります。
2009年05月24日
●20 Klein Dytham Architecture@GALLERY MA
ギャラリー間で開催中の「20 クライン ダイサム アーキテクツの建築」を観ました。売れっ子建築家ユニットの作品回顧展。
展示は電飾サインに写真を嵌め込んだ看板が点在する3階と、光を落としたラウンジで黒いソファに身を沈めて二人でiPodを聴く4階の二層構成。看板群にはアスクリッド・クラインのインタビュー音声が流れ、ソファの縁には精巧な透明模型が並びます。「カンバン」と「iPod」だけで構成するところが、建築のライブ化を試み続ける彼等らしい。一番好きなのは「Bloomberg ICE」。
建築をインテリア化する流れから分岐して、カンバン化を突き進む現在進行形の展示は以外と面白い。中身のなさを逆手にとった爽快感はさすが。時代の変調を受けて、次の20はどう変容するのだろうか。
2009年02月23日
●都市を仕掛ける建築 ディーナー&ディーナーの試み@東京オペラシティアートギャラリー
東京オペラシティアートギャラリーで開催中の「都市を仕掛ける建築 ディーナー&ディーナーの試み」展を観ました。
セクション1 模型/写真
入口でハンドブックを手渡され、展示室へ。木でカッチリと作られた模型が並び、その傍らに配置図。壁面には写真パネルが掛けられています。説明は一切なく、プロジェクトを識別するための数字とアルファベットイニシャルのみが示されます。
そのサインを手掛りにハンドブックをめくり、プロジェクトの概要を探し当てます。床に置かれた配置図から周辺環境のパターンを読み込み、1/1000スケールで統一された模型から空間を思い浮かべます。そして壁面に掲げられた写真パネルを通して建物に入り込み、中から外を見、外から建物を見返して、内外の関係性を確認します。
絞り込まれた情報をつなぎ合わせることで全体像を読み解く仕掛けは、知的な宝探しをするようでとてもスリリングです。
684 VOG。既存の建物と合わさって、中央広場を形作る計画。
691 CBN。工業地帯の建物ボリュームを尊重することで、その場所の個性と独自性を継承する再開発計画。
731 FRI。大きな街路ブロックの内側に、小さな、自由に行き来できる複数の中庭。
その過程を通して、都市と対話を重ねる建築家の真摯な姿勢が浮かび上がります。
セクション2 コンペティション
大きな木地のテーブルの上に、白い図面集が並ぶ。それらを開いて、建築家の思想に触れる。密度が薄く感じられてイマイチ。
セクション3 スライド/フィルム
上映映像「継承と変容」に登場する「場所と機能の調停」というフレーズが良かった。カーテンで会場を柔らかく分節する操作も心地良い。
セクション4 実施図面/サンプル
都市を読み解くことから始まる物語が、図面、サンプルを経て実現する。その終盤のエピソード。オーソドックスな形態、素材を使うせいか、前半のスリルに比べると物足りなく思えました。
全体を一つの物語として作りこんだ、とても良く出来た展示だと思います。
2008年12月31日
●石山寺の美@岡崎市美術博物館
秋の愛知-京都行きの記録その1。岡崎市美術博物館を訪れたのは11月初旬。建物本体を地下に埋めて、アクセス部分だけを地上に露出させる手法は大山崎山荘美術館新館、MIHO MUSEUMと同じ。前者は展示室よりも遥かに大きな通路のアンバランスさに驚き、後者は桃源郷を顕在化させる財力に驚嘆。そして今回は巨大なガラス箱が実質ガランドウなことにビックリ。周辺の自然に対峙する人工の箱としての存在感を確保するためのボリューム、圧迫感を消去するためのガラスの箱という感じ。
「石山寺の美-観音・紫式部・源氏物語」を観ました。「大日如来坐像 快慶作」。怖い目つき、対決展での快慶とは全然異なる印象。「維摩居士坐像」。髭、首、胴体、見事な造形。「仏涅槃図」。表情豊かな人物、動物。勝川春章筆「見立紫式部図」。透ける着物、ほんのりピンク。土佐光起筆「紫式部図」、土佐光吉筆「源氏物語図色紙」、住吉如慶「源氏物語画帖」も良かった。
地下からレストラン「セレーノ」へと通じる階段。白大理石の階段と壁面、スリガラスのトップライトから柔らかい自然光が注ぐ。茶色がかった部分は、大雨のさいに土砂が流入したのだろうか。
小高い丘の上の立地なので、眺望は抜群に良いです。見回せば、秋の彩り。
市立の建物とは思えない意欲的な作り。アクセスがもう少し良ければ、市外からの来客も増えるだろう。
●福原信三、路草写真展@資生堂アートハウス
谷口建築巡礼の記録。資生堂アートハウス。高宮眞介さんとの共同設計で、美術館建築としてはこれが処女作だそうです。建物よりも植栽を施した屋根面が印象に残ります。
内部で大きくS字を描くプランは双端が異なり、片方は四角、片方は円。エントランスを入ると小さな円弧状の階段があり、幾何学形態にプランを落とし込むような印象。広大な芝生の中に点在する立地ならではの構成。
「福原信三、路草写真展」を観ました。資生堂初代社長とその弟が日本の風景写真界に残した足跡を辿る。チラシ表紙の「新年の海」を始め、ゆったりとした時間が流れるような画面が美しい。絵作りが舞台的で、絵画と写真の境界のような感じ。路草は作品自体が少ないが、二人の兄弟、さらに資生堂の底に流れる美意識が感じられる展示にはーっと溜め息がでた。
掛川から足を伸ばして、静岡県立美術館初訪問。「国宝 鑑真和上」展を観ました。「鑑真和上坐像」。鼻筋の通った高貴で柔和な表情、がっしりとした体躯、強靭な意志を感じさせる名作。「舎利容器 金亀舎利塔」。緻密な細工、透かし彫りの中の容器、金色の亀。「四天王立像 広目天」。睨み眼、裾を結んでバーン!とした存在感。「四天王立像 多聞天」。小錦!ドーン!とした存在感。「東征伝絵巻」。鮮明で大きい、波乱の旅絵巻物語。「如来形立像」。失うことで引き立つ美しさ。
ミュージーアム・レストラン「エスタ」も初訪問。昼下がりでも意外と人が多い。特別展だけでなく、美術館自体が「人の集まる場所」として機能していて良かった。
●北斎@佐川美術館
MIHO MUSEUMに行く途中、佐川美術館に立ち寄りました。水盤をはさんで二棟の巨大なムクリ屋根を載せた展示室棟が立ち、両者をガラス通路で結んで回遊経路を構成します。さらにその先に、新築された樂吉左衛門館が地下通路で繋がります。それぞれの館を、平山郁夫、佐藤忠良、樂吉左衛門の3氏の常設展示に割り当て、佐藤館の一角を特別展スペースとして活用しています。
他でちょっと見ない巨大なボリューム、杉板型枠を用いたPC版をきれいに割り付けた外観、量塊が水と屹立する構成は簡潔で存在感があります。
特別展は「冨嶽三十六景と富嶽百景 北斎 富士を描く」。北斎展が始まって入場者が増えたとチケットブースで聞き、さすが北斎と感心。三十六景よりも百景の方が新鮮で面白かったです。
コーヒーショップSAMで休憩。パリパリした生地とたっぷりのフルーツが美味しかった。水盤を眺めるロケーションも自然光たっぷりで気持ち良いです。
樂吉左衛門館へ降りてゆく階段。重量感あるRC壁を欠き込んで間接照明を仕込む、劇的なつくり。
水面越しに光が降る壁面。チラチラと光が変化する様が美しい。左手に展示室。十五代目樂吉左衛門自ら手がけたという空間は、少々演出過多で疲れた。美しいシーンはシーン、鑑賞体験は体験で分離している気がする。予約制の茶室が満員で見られなかったのが残念。
消火栓も点検扉もRCの質感で統一した内部空間。枠をなくして線を消し、面へと還元する。機能と意匠の折り合い。
2008年12月28日
●豊田市美術館 その2
豊田市美術館を再訪したのは盛夏の頃。雨が降ったり晴れたりと目まぐるしく天候が変化する慌しい日でした。雨が上がって、濡れた床面に空が映り込む。
レストラン横の屋外鏡面インスタレーションに映る景色も、片や雲、片や青空。床面も半鏡面状態。不思議度が増します。
水盤に映る空。建築空間そのものがアートワークと思える切れの良さ。
「レストラン七州」でお昼。眺望、味、価格のバランスにおいて、ミュージーアム・レストランNo.1ではないでしょうか。
今回は茶室も訪問しました。お菓子と抹茶をいただきながら一服。
茶室より屋外を望む。足元を眺める伏目な美学
獅子おどしと水鉢。美術品や自然と一体化する空間は、一つの究極を観る思いです。
2008年12月22日
●日本大学カザルスホール@御茶ノ水
御茶ノ水にある日本大学カザルスホールで「アーレントオルガン ランチタイムコンサート」を聴きました。カザルスホールは1987年に竣工した、クラシック音楽専用のシューボックスタイプといわれるホールです。設計は磯崎新アトリエ。 所有会社の運営難で継続が危ぶまれる時期もありましたが、新たな所有者及び協賛企業の支援を得て今日に至ります。さすがは文教地区です。
学生時代に音響重視型ホールの手本例として習ったものの、実際の音響を聴くのは今回が初めて。非常に巨大で装飾性も高いパイプオルガンからどのような音響が響くのか、興味津々。オルガン奏者とその助手(?)の方が右手のブリッジから登場、パイプの裏手から回って鍵盤の前へ。助手の方が鍵盤両脇の音栓を調節して、譜面台に楽譜を置いて演奏開始。時に鍵盤上の扉を開き、時に足で演奏し、その一つ一つがダイナミックでロボットアニメの操作シーンを観ているようです。
演奏が4曲目にさしかかり、バッハが流れる頃にはすっかり音響に包み込まれ、夢見心地に。ホールを見渡しても、目を閉じて聴き入っている方も多いです。7曲目は大小パイプオルガンとチェンバロによる合奏。1時間ほどの演奏を堪能しました。
2008年10月17日
●村野藤吾・建築とインテリア ひとをつくる工学の美学@パナソニック電工 汐留ミュージアム
パナソニック電工 汐留ミュージアムで開催中の「村野藤吾・建築とインテリア ひとをつくる空間の美学」を観ました。
展示はパネルが中心で、模型が点在し、たまに原寸再現模型がある感じです。再現CGもあります。
SECTION1 建築家村野藤吾を読み解く15(TOGO)のキーワード。箱根樹木園休息所のシャンデリア詳細図の細かさに驚く。日本興業銀行本店(現・みずほコーポレート銀行)の北側キャンチレバーも迫力あります。実物を観て来よう。新高輪プリンスホテル(現・グランドプリンスホテル新高輪)の解説文に「サムシングニュー」とある。いつも新しくないといけない。大宴会場「飛天」の天井。
SECTION2 村野藤吾のインテリア。2-2 村野流 ミッドセンチュリーのインテリア。戎橋プランタンのファサードが直線的な構成に少しRを入れていて素敵。2-3 色彩と光の空間 日生劇場。マド貝が散りばめられたホール天井を始め、幻想的な空間は圧巻。花階段の振れ止め、幾何学パターンで構成されたエントランスホールの天井、ホール内壁のうねり。一度実物を観るべき。粘土のスタディモデル、それで検討している村野藤吾の写真はとても興味深い。やはりこの空間の検討は紙やボードでは無理だと納得。2-4 「さわり」のデザイン ホテル空間。スワンチェアのリプロダクション品に実際に腰掛けられるのが良かった。掛け心地良し。ドレッサーも実物展示。ティッシュを納めるサイドコーナーの作りに関心。
SECTION3 建築家の内的世界。3-1 大地につながる建築 晩年の有機的空間。いつか行きたい美術館の一つ、谷村美術館登場。粘土模型をそのまま実現したような異形の建築。塑像のような空間。図面はもやは抽象絵画のようで、所員の方たちの読解作業の苦労が偲ばれる。
関連イベントである「グランドプリンスホテル新高輪 茶寮 惠庵 建築見学と茶会」には、50人の定員に300名以上の応募があったそうです。近代建築というとコルビュジェ-前川國男というモダニズム理論の実践者の系譜が思い浮かびますが、そういった流れから距離を置き独自の世界観に生きた感のある村野藤吾の存在が非常に大きく感じられるのは、興味深いです。
2008年10月01日
●「元倉眞琴・山本圭介展 -GATHERING SPACE-」のご案内
私の師である元倉眞琴さんの展覧会及び講演会が開催されますので、紹介させていただきます。
内容詳細及び申込は、建築家フォーラム(下記リンク)よりどうぞ!
■展覧会
元倉眞琴・山本圭介 -GATHERING SPACE-
2008年10月14日(火)~21日(火)
10:00~18:00(最終日は18:30まで)[予約不要・入場無料]
■講演会
2008年10月21日(火)
受付18:00 開演18:30~20:30[要予約:定員80名]
山本圭介(山本・堀アーキテクツ代表、東京電機大学教授)
元倉眞琴(スタジオ建築計画主宰、東京藝術大学教授)
今川憲英(外科医的建築家、東京電機大学教授):企画・進行
一般ビジター:1,000円 学生・院生ビジター:500円
主催:建築家フォーラム
会場 INAX:GINZA 展覧会:7F 講演会:8F
〒104-0031 東京都中央区京橋3-6-18
Phone:03-5250-6579
http://www.chousadan.jp/kentikuka-club/index.htm
2008年08月07日
●「觀海庵」落成記念コレクション展-まなざしはときをこえて@ハラミュージアムアーク
ハラミュージアムアークで開催中の「「觀海庵」落成記念コレクション展-まなざしはときをこえて」を観ました。ハラミュージアム初訪問。黒いボリュームが放射状に伸び、三角屋根のトップライトが載る外観が、緑のマウンドに映えます。
グリーン牧場内にある不思議な立地。対面のレストランで、ミュージアムを眺めながら腹ごしらえ。素晴らしく心地良い。
フェデリコ・エレーロのアートワークを横目に眺めながら、一路「觀海庵」へ。そのアプローチ上には横尾忠則さんのアートワークも展示してあって、建築と自然とアートのバランスが素晴らしい。
黒い回廊のその先が「觀海庵」。
入口を潜ると、アニッシュ・カプーアの漆黒に吸い込まれそうなオブジェが迎える。受付には杉本博司の三枚の写真。そして回廊沿い壁側にマークロコスの赤とヤンファーブルの青。反対側には丸山応挙「淀川両岸図巻」。両岸を両側から眺めるように描く独特の構成、豆粒のように細かな人人人。横長のガラスケースを両側(廊下側と展示室側)から眺められるように置く配慮。角を曲がって、森徹山「百鶴図屏風」。トップライトから取り込んだ光を柔らかに拡散させて、壁面を満たします。屏風の間にちょこんと置かれた小さなアクリルのオブジェは倉俣史朗。さらにそこに生けられたオブジェは。。。答えはその対角上にあります。さらに角を曲がって狩野永徳「虎図」。永徳?という気もしますが、目を細めて寝る虎が可愛い。その横の飾り棚には上段に須田悦弘「枇杷」、下段左に浪に「千鳥蒔絵堤重」、下段右にキーンホルツの壊れたレトロテレビ(?)のようなオブジェ。古と今、美と儚さ、技と素材。自在な選択と絶妙の構成。最後の角を曲がって、狩野探幽「龍虎図」。その左につつましく草間彌生「かぼちゃ」。水玉の棚におさまったお馴染みのかぼちゃが可愛らしい。草間さんの強烈な個性を巧みに抑えて可愛らしさを引き出すキュレーションは絶品。右に「軍配に鉄仙蒔絵刀筒」。さりげなく添えられた「鉄線」は須田悦弘。その完璧な調和は一体のものかと思うほど。展示室の中央にはイブクライン「青いスポンジ」。その陰影に富んだ深い青は、空間の要に相応しい。
本展の監修は設計者でもある磯崎新さん。その古今を自在に渡る構成は素晴らしく心地良いです。肩肘張らず、大げさなポーズもとらず、ただ流れるように美の相乗効果を楽しむ至福のひととき。さすがです。
現代美術の三つのギャラリーは、半屋外スペースをコアに三方に伸びます。その間からは、屋外作品が点在する緑の景色。ギャラリー内には名和晃平「PixCell [Zebra]」、「Pixcell-Bambi #2」、奈良美智「Eve of Destruction」、草間彌生「ミラールーム(かぼちゃ)」、束芋「真夜中の海」等など、見応えある現代アートがズラズラ並びます。ハラミュージアムとは違った形で展示されている作品も多々あり。心底、アートに溶け込むような気がします。
「觀海庵」の向こうには更なる増築計画があるそうです。どんな場所へと変化するのか、今から楽しみです。
2008年07月09日
●金沢21世紀美術館
絶対行きたい(というかとっとと行け)美術館ベストスリー最後の一つ、金沢21世紀美術館。開館4年目にして、ようやく訪問。設計はSANAA(妹島和世・西沢立衛)。
周辺を建物に囲まれた立地、高さを抑えた設計、円形のガラスファサードで囲まれた顔のないつくり。中に入ると「ワッ!」と広がる雑踏のざわめき。屋根とガラス壁で規定された街路=美術館という図式とその体現は衝撃的。4年を経てこれなので、登場時の驚きは想像を絶する。美術館と都市の関係を「拡張する」という点で、歴史に残る名作。
美術館の顔、レアンドロ・エルリッヒ「スイミングプール」。ガラスの回廊に囲まれた中庭で演じられる視線の交錯劇。装置を活かしきる舞台設定が何より秀逸。
白いハコ=展示室。美術館としてはカナメ、ここでは道端の露店みたいなもの?見た目よりも観客との関係性が大事。村上隆「シーブリーズ」の時間限定イベント、エルネスト・ネト「身体、宇宙船、精神」の弱く美しく繊細な空間体験は、ここで過ごした記憶を脳裏に焼き付ける。
ガラスのエレベーター。車椅子用押ボタンの「上」に健常者用ボタンを配するのを嫌い、文字通り支柱の上にボタンを配置。かご内奥手の操作ボタンも、コの字フレームの三方枠に車椅子用と健常者用を同様に納める。ついでにインジケーターパネルも途中で止めて、トーテムポール状に建てる。デザイン領域を押し広げるという点で、とても興味深い。
中と外を規定する円弧状ガラス面。中と外は分断され、透明性でもって再接続される。
建物はけっこう安っぽくて意外でした(安く作ったのではない)。それも含めて実現した「広場のような空間」、人々が行き交う景色。その進化の歴史は、青森県立美術館、十和田市現代美術館へと続きます。それにモエレ沼公園を加えて、新・絶対行きたい美術館ベストスリーです。
2008年02月02日
●四国の旅 その6 金刀比羅宮 緑黛殿
金刀比羅宮の魅力は、伝統を尊重しつつ、新しいものを貪欲に取り込んでいくところにあると思います。それが非常に鮮明に現れているのが、「緑黛殿」。絵馬堂、御本宮と並ぶ場所の左側にあります。設計は鈴木了二建築計画事務所。用途は祈祷を上げてもらう方の控え所だそうです。
内部は非公開ですが、外から眺めるだけでもその魅力(異物感?)は伝わります。屋根は瓦の載った大屋根。ですが、それを支える梁、柱はコールテン鋼(表面に酸化皮膜を形成して腐食を防止する鉄。錆を意匠的に見せることが可能)です。錆の色合いが遠景には伝統建築のように見え、近づくとその素材感から現代的な印象を受けます。柱に挟まった白い箱のバランスはまさに現代建築。中庭に面した地階(?)は更に明確になって、鉄とガラスの箱の中に白いボリュームが納まっています。
中庭には2本の木を残して、後は土だけです。それをコールテン鋼でぐるりと囲みます。とても荒々しく大胆。ギョッとしました。でも調和していると感じます。好き嫌い分かれそうですが、長いスパンで考えるとこれくらいが良いと思います。違和感は時が経つにつれて消えるでしょうし、金刀比羅宮はこの先もずっと在り続けるのだし。
「幸福の黄色いお守り」。御本宮近くの授与所にて。お守り、小さなお守り、小さな小さなお守りの三点セットを購入しました。2,500円也。
2008年02月01日
●四国の旅 その4 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館
そして丸亀へ。目的は「丸亀市猪熊弦一郎現代美術館」。設計は谷口建築研究所。「せとうち美術館」からタクシーで2,540円也。JRでも移動できますが、坂出駅まで戻っても2,140円かかることを考えると、待ち時間なしで移動できて良かったです。
展示は常設展のみ。閉館50分前に滑り込んだので、貸切状態でした。ここで「瀬戸内アートネットワーク・スタンプラリー」のスタンプが三つ(直島、せとうち、丸亀)たまったのでバッチをもらいました。
3階廊下から展示室Bを見下ろす。上部横長窓から望む丸亀の景色。雑然とした足元を消去して、上部のみ切り取って見せます。それを展示室の面として構成することで、外部が展示室に貫入します。変則的な借景の手法。
展示室A。不要な線を消去して、面に純化する美学。左手の扉は高さ3mほどありますが、意外と軽やかに開閉します。
建物正面の大階段を上った先にある「カフェレストMIMOCA」。こちらはお客さんが何組か入っていました。見せたくないものは隠す。駅前の雑然とした街並とは階段を経ることで隔絶、ロータリーの喧騒は屋上庭園に滝を流して消去。落ち着いた雰囲気を形成しています。しかし目隠し壁を越えて高層マンションが顔を出しています。環境を制御するのは難しい。
丸亀駅から眺める駅前広場。屋外彫刻が配され、美術館と一体の駅前作りを目指したことが伺えます。建物も大きなゲート状の囲いでそれに答えます。しかし、大きな壁画は同時に内外を分断します。駅前の賑わいの演出に寄与するであろう飲食施設やライブラリーは、直接見えないところに隠した格好です。
雑然とした周辺環境は隠して、上部の眺めのみを切り取る。開いて閉じて開く構成。美術館としてとても美しい反面、広場に面した在り様としてはどうなのかと気になります。
2008年01月30日
●四国の旅 その3 香川県立東山魁夷せとうち美術館
次の目的地は「香川県立東山魁夷せとうち美術館」。設計は谷口建築研究所。フェリーが接岸するやいなや、高架歩廊を渡ってJR高松駅へ。最寄の坂出駅まで移動した後、タクシーでGO。バス、乗合タクシーもあるものの、時間が全く合いませんでした。入館料300円(スタンプラリーの割引で240円)、タクシー代2,140円也。
美術館へと伸びる「道」。それを受け止める自然石貼りの壁、RC箱、控えめに挿入されるガラスの箱。あえて背後の瀬戸内海を見せない配置。
展示室を一周して、ラウンジ「なぎさ」から望む瀬戸内海。「白い道」からRC箱の第一展示室「魁夷-四季変化」、自然石貼り壁の第二展示室「森のささやき/白馬幻想」、デジタル展示室を経て、ラウンジへ。東山魁夷の作品を鑑賞しつつ瀬戸内海の大パノラマへと導く動線、演出は完璧。第一展示室の細いRC柱も、浮遊感が感じられてとても美しいです。「建築化された散歩道」の一つの究極に思えます。安藤さんの「建築化されたランドスケープ」と合わせて観ると、建築の可能性の両極が体験できます。
ロビー内観。ガラスの箱の中に、木地の衝立。内外の天井高を揃えて一体化。純化された構成。その反面、後付のポスター掛けスペースが浮いて見えます。箱が小さすぎる?
木地の衝立の裏側。ミュージアムショップ、ロッカー、傘立等をまとめて配置。案内板も一体化した方がスッキリする気がしますが、そのために純粋な形態を崩すのももったいない。
自然石を内部にも連続させて内外を一体化。通路開口は石の割付とぴったりと一致。ガラリ、扉も開口一杯まで立上げて、余計な線を消去。
瀬戸内海の「借景」と「線の消去」。そして流麗で繊細な構成。小さいながらも谷口美学が堪能できて満足です。さらに雄大な自然に力負けしない壁としての在り様が見られて、とても良かったです。アクセスが悪いながらも人はけっこう入っていて、東山魁夷と谷口建築の人気の高さを感じました。
2008年01月29日
●四国の旅 その2 ベネッセアートサイト直島
直島と言えば「ベネッセアートサイト直島」。あいにく地中美術館が展示替え休館中だったので、今回は偵察のつもりで軽く廻りました。
フェリーから望む直島。中央の建物が「ベネッセハウス ミュージアム」。重工業が衰退した禿山を、建築とアートの力で世界有数の観光地に飛躍させた立役者。島をぐるりと回って宮浦港へ。
フェリーターミナル「海の駅なおしま」。設計がSANAAということでとても有名。薄い屋根と細い柱、ずらしながら挿入されるガラスの箱。船と車とバスの結節点というとてもアクティブなエリアにあって、その存在感は希薄。消したというよりも単に印象に残らない。船のハッチがそのまま桟橋になるダイナミックなギミックの方が面白かったです。前の写真にチラリと写っている緑とオレンジの板がパタンと倒れて橋になっています。
「家プロジェクト」を間にはさんで、「ベネッセハウス ミュージアム」へ。設計は安藤忠雄建築研究所。長く伸びたアプローチに沿って海へ向かい、折り返して振り返ると入口が登場します。安藤さんらしい、軸線を大切にした構成。中へ入ると、弧を描く動線が上へ下へと伸びていて迷路のよう。至るところにアートワークがあるものの、建物の印象が強すぎて、さながら安藤建築鑑賞ツアー。「21_21 DESIGN SIGHT」も同じ印象を受けますが、美術館というよりも建築化されたランドスケープに近いと思います。建築としてはとても大味。円形吹抜けにある階段は、トップライトメンテナンス用なのか?この建物の真価は、泊まってみないと分からない。
草間彌生「南瓜」。数多く設置された屋外作品の中でも、抜群の存在感を放ちます。本当にすごい存在感。これはきっと、草間さんの分身なのでしょう。フェリーターミナルにある赤南瓜が修復中で観られなかったのが残念。
14:20離島。サヨナラ直島、次回は泊まりで来よう。
2008年01月28日
●四国の旅 その1 家プロジェクト
「金刀比羅宮 書院の美」の終わりが近い。飛行機のマイルがたまった。そうだ、香川へ行こう!というわけで、1泊2日で香川を旅しました。
まずは直島「家プロジェクト」へ。朝一番の飛行機で高松空港まで飛んで、タクシーで高松港へ。フェリーで直島に上陸して、町営バスで最寄駅の農協前へ。11:14着。乗換時間数分、驚くほど接続が良いです。
「本村ラウンジ&アーカイブ」。設計は西沢立衛さん。「TKG Daikanyama」の内装、「Space for your future」の出展と、大活躍な方です。スーパーマーケットを改装した本計画も、剥き出しの構造体にほっそりとした階段を加え、明るく射す光と植物で柔らかな空間を構成しています。こちらでチケットの購入と、「きんざ」の予約確認をして散策へ。
須田悦弘「碁会所」。室内に散らばる木製の椿、そして見返す庭。名前から「人が集まる場所」を想像していたら、人の居場所は縁側だけで長居するにはちょっとつらい。アートに家を追い出されるような妙な感覚。
宮島達男「角屋」。暗闇の中、水面に揺らめく発光ダイオード。その幻想的な眺めに、扉を開けた瞬間「おおっ」と声が出ました。水戸芸術館の宮島達夫展は絶対行こう。
内藤礼「きんざ」。スルスルと潜り戸を引いて中へ。下部の光スリット、存在感のある土壁。静かに充満する音と、次第に浮かび上がる装置。予約制なので、完全に1対1で作品と向かい合う15分。空間とアートが一体化した、もの凄く濃密な時間。時間の断片を引き出す装置に思えました。
杉本博司「護王神社」。地中へと続くガラスの階段。案内スタッフの方の解説に拠ると、昔は古墳があった(今もある?)という地の記憶を踏まえた地上(神社)と地下(古墳)をつなぐ作品らしい。アートが神の居場所に侵入して良いのか、引っかかります。石舞台古墳も石室を観光地化している訳だし、既に抜け殻の場合は可?引っかかりも含めて作品?美はそれらを凌駕する?
大竹伸朗「はいしゃ」。トタン波板、錆、ガラス、多数のサインやオブジェで内外を覆い尽くした塊。スマートな作りの作品群の中で、そのペラペラで乱雑(に見える)作り、その中に感じるエネルギーは異彩を放つ。古く懐かしい現代アートという感じ。矛盾してますが。
個々の作品も魅力的ですが、普通に町を歩いていてアートに出会う(というか、地図がないと家並みに埋没して見逃しそうになる)感覚が「家プロジェクト」の素晴らしさだと思います。さらに、その魅力に触れるには、実際に行くしかないことも大切。シーズンオフにもかかわらず、何組もの方たちが地図片手に歩き回っていました。
2007年09月19日
●朝倉彫塑館@谷中
谷中にある朝倉彫塑館は、彫刻家朝倉文夫(1883-1964)のアトリエ兼自邸であると同時に、恐らく現存する日本最古の屋上庭園があります。竣工は1935年。実に築70年を超えます。その現状を観たくて、初秋の晴天の下、出かけました。
RC造3階建てのアトリエ棟の屋上にある庭園。左手のオリーブの木は戦後すぐに植えられたそうで、見事な枝振り。舗装タイルの上に、コンクリート化粧ブロックを置いただけに見える庭園の状態は極めて良好。濃密な緑の空間で満たされた空間は、これで持っちゃうの!?という驚きと、建築は長く生きてこそ良さが引き立つという思いとが入り混じるワンダーランド。素晴らしい!
屋上から見下ろす、住居棟の中庭。夏を彩る百日紅の花もそろそろ終わり。住居棟は現在立入禁止ながら、その中庭の眺めは素晴らしいです。アトリエからの眺めも絶景。
庭園の下には、朝陽の間と名付けられた応接用の和室があります。神代杉の天井板、瑪瑙を砕いて塗りこめた壁、松の一枚板の床板。悦を尽くした空間は、蕩けるほどに魅力的。更に降りると、蘭の間。かつては東洋蘭の温室として使われたそうですが、今は朝倉が愛した猫の像で埋め尽くされています。個人的にイチオシの「吊るされた猫」は、宮城県美術館に貸し出し中でした。更に降りると、3層吹抜けのアトリエ。大きな窓から木漏れ日の射す空間は、とても居心地が良いです。そこからの中庭の眺めも素晴らしい。
作家自らが25年かけて練り上げた空間は、作為が磨きこまれて無為へと突き抜けたような感動を覚えます。一般に広く公開している台東区にも感謝。
2007年08月31日
●ART PICNIC Vol.13「ル・コルビュジェ展」@森美術館
「アートをもっと身近に楽しもう」をテーマに、森美術館とJ-WAVE BOOM TOWN がコラボレーションしているイベント「ART PICNIC Vol.13~Le Corbusier」に行きました。
参加者は20名ちょっと。ナビゲーターのクリス智子さんと森美術館館長の南條史生さんの案内で、展示を観て回ります。貸切状態の美術館の中を、マイクやカメラ等の機器を抱えたスタッフの方たちが付かず離れず帯同していて、ちょっと変わった大人の遠足です。
冒頭で「暖炉」、「ロンシャンの模型」、「絵画のような彫刻」の三つを紹介して、「建築家コルビュジェとアートの関係をクローズアップする」本展の趣旨を説明してスタート。コルビュジェのアトリエの再現模型へと進むと、コルビュジェさんが登場!ちょっと一言多いキャラクターも上手く演じていて面白い。
ユニテ・ダビタシオンの再現模型の前では、南條さんがコルビュジェの理想の身体=モデュロールの身長1,829mmとわずか1mm違いの1,830mmという驚きの事実が!実際に原寸モデュロールの前で手を掲げたポーズをとられると、そのピッタリっぷりに驚きました。中に入ると蝶ネクタイに着替えたコルビュジェさんが!リビングテーブルに三人が座って解説をひとしきり。システムキッチンの発明、子供用シャワー室、オムツ替え台、階段の子供用手摺の工夫等々。リビングの可動照明をキッチン側に動かしてみたりと、普段は触れない部分を実演してもらえたのも良かったです。「マンションの見学に来たよう」というクリスさんの言葉に対して、「コルビュジェはライフスタイルをデザインした」という南條さんの返事は特に良かった。
シャンディガールの展示では、絵画と建築のモチーフの共通性を語って、再度本展の趣旨をアピール。最後にカップマルタンの小屋でコルビュジェさん(今回はかなりラフな格好!)と記念撮影。実は森美術館の広報の方が扮しておられたと種明かしをして終了。あっという間の2時間弱でした。満足満足。
2007年08月09日
●「ル・コルビュジェと私」 第4回 「ル・コルビュジェの精神と近代」
森美術館で開催中のレクチャーシリーズ「ル・コルビュジェと私」の第4回「ル・コルビュジェの精神と近代」の聴講メモです。出演は黒川紀章さん。(第1回、第2回、第3回)
京都大学を卒業、中央と距離があって良かったが、もっと矛盾の孕んだ活気のあるところへ行きたいと希望。一番尊敬できるところに行こうと考え、丹下健三のいる東京大学へ。丹下研究室に入ると仕事の手伝いで忙しいので、ゼミのみ参加。自分の製図板は研究室でなく廊下にあった。
世界で大きな変化。バウハウス、グロピウス、ミース等、モダニズムへの道を拓くリーダー達が活躍する時代。研究室で一番汚れた(繰り返し読まれた)本がコルビュジェの作品集。丹下さんのバイブルだった。
1958年、CIAM (近代建築国際会議)の第10回会議のゲストとして丹下健三とルイス・カーンが招待された後、CIAMが解散。その会議を準備したメンバーがチームX(テン)を結成。第一回目がフランスのロヨモン修道院で開催される。実作はなくとも面白そうなモノを作りそうな面子が招待される。ジェームズ・スターリング、クリストファー・アレキサンダー等と共に参加。近代建築が終わって、何かが始まるらしい。ル・コルビュジェ、インターナショナルスタイルを批判するところから建築家としての活動が始まる。
ロンシャンは建築ではない。あえていうならバナナか?インターナショナルスタイルが上手くいかないところから逃げ込み、失敗したまま死んだ。哲学を考えたのに、建築が資本家の手に落ちるとアーティストに帰った。ラ・トゥーレットはなんとか建築。丹下先生も死ぬかと思ったら、代々木競技場で生き延びた。本人は最後まで言わなかったが、伝統的な日本の屋根の影響がある。
丹下の下にきたコルビュジェからの手紙のコピー。大人が子供を肩の上に立たせているスケッチと「次の世代へ」というメッセージ。丹下を通して、コルビュジェの苦難の道を知る。
独立当初は仕事を頼みに来る人がいなかったから本を書いた。現在143冊。今の人は作品集は作るが本は書かない。1世紀に2人いれば良くて、その1人が自分。日本語の100冊目が「都市革命」。「競争原理=もうかる」だけではダメ。経済と文化の共生が大切。建築の話は今回が最後。衆議院議員になる。
1960年から時代が変わる。建築のモダニズムが終わって、今起こっているのは新しいモダニズム。新しい言葉を作れない場合にポスト(後)をつけるが、中身がない。1958年に「機械から生命へ」を書いた。今ではあらゆる学問が「生命」を掲げる。二元論で解明してきた世界から複雑系の化学へ。「中間領域論」。化学と芸術、二元論を超える共生の思想。1960年代に「共生」の言葉を作った。
グローバリズムはスタイル。上手い手だが、本当の新しい時代を生きていない。自作のクアラルンプール新国際空港のHPシェルはローカリズムを表現する。過去を参照していない。人間と自然が共生する上で問題が出てくる。都市はコンパクトに、森を残す。
マリリン・モンローは嫌い。グレタ・ガルボが好き。人間は肉体だけでなく、心(哲学)も持てる。浮世絵でいえば、鈴木晴信が好きで歌麿が嫌い。グレタ・ガルボのような建築を作りたい。コルビュジェの時代の哲学はヒューマニズム、人間中心。レヴィ・ストロースの構造主義は、未開からフランスを見据えることで、世界を相対化した。森と共生しないといけない。建築は、哲学、数学、量子力学、文化人類学といった学問と手を携えて乗り越えていく。コルビュジェを再評価しながら、その時代と何が違うか考えて行きましょう。
黒川さんの講演を聞くのは今回が初めて。大遅刻で始まり、コルビュジェを絡めつつ批判と哲学を武器にご自分のサクセスストーリーへとつなげ、政治の話へ脱線。誇張の効いたジョークを交えて会場の笑いをとる話術も含めて、巨匠らしい講演でした。ただ、ル・コルビュジェ展の講演会としては微妙。
これで全4回のレクチャーシリーズは終了です。ル・コルビュジェをキーワードにして、現代建築の巨匠4人の話を聴けるのはとてもありがたかったです。4人の話を通して、「現代」をフラットに眺められるところが最大の魅力。
学生の頃に抱いたイメージ、コルビュジェの建物を見て回った時に抱いたイメージ、そして今回の展示と講演。その中で変わらない部分があり、変わる部分もあります。特に今回は、建築設計の実務に携わる中での変化なので、思うところ多々。建築に対する意欲が底上げされました。
講演会は週末の昼下り。「ラテンアメリカン・ガーデン」開催中。
でもプレゼン直前だったので、立ち寄る間もなく代官山のプロジェクト室にUターンでした。
2007年08月01日
●21_21 DESIGN SIGHT@東京ミッドタウン
東京ミッドタウンの緑地に建つ半地下のデザイン施設「21_21 DESIGN SIGHT」。企画構想は北山創造研究所、設計は安藤忠雄建築研究所+日建設計、施工は竹中工務店+大成建設。2007年2月竣工。安藤さんのコンセプトと、最高水準の設計、施工体制のコラボ。
大きな鉄板屋根を地面に向けて折り曲げることで、周辺の緑に溶け込むような建物の在り方。水のせせらぎ。思い思いに時間を過ごす人々。全てが人工でありながら、「自然」を感じさせる景色。「人の集まる場」を作るという、明快で力強い意思を感じます。
「自然」と対峙する力強さを体現する打放しコンクリート。内部はほぼコンクリート一色。印象もコンクリートのガランドウの箱。環境装置として非常に優れていて、機能を持つ建物としては今一つ。10年くらい経ってから再訪してみたいです。
ギャラリーでは第1回企画展「Chocolate」が開催中でした。マイク・エーブルソン+清水友里(POSTALCO)「カカオ・トラベル」のコンクリートの壁とパイプの対比、岩井俊雄「モルフォチョコ」の種明しをされても観入ってしまう変幻自在の不思議さに釘付け。釘型チョコの、パウダーをまぶしたチョコと錆釘の質感がそっくりなのも面白かった。ただ、全体的にはかなり希薄な印象。「デザインのためのリサーチセンター」という位置付けも今一つピンときません。
端部は結構尖っています。その鋭利さは、「世の中そんなに甘くない」というメッセージにも思えます。
2007年07月31日
●「ル・コルビュジェと私」 第3回 「ル・コルビュジェとは誰か」
森美術館で開催中のレクチャーシリーズ「ル・コルビュジェと私」の第3回「ル・コルビュジェとは誰か」の聴講メモです。出演は磯崎新さん。
コルビュジェはなぜ絵を描くのか?コルビュジェはいつもスケッチブックを持ち歩いていた。スケッチブックから絵画、建築、実生活への影響を追っていくことで、コルビュジェ研究の欠けた部分を語ることを試みる。
□Journey to the East
イスタンブールでスレイマン期のモスクを観て、ギリシャへ。海からアトス山を眺めるスケッチ。僧院のスケッチ。アテネへ。船の上から眺めるアクロポリスの丘。夕陽のアクロポリスを待ち、そして丘を登る。スケッチブックの記述「alone it is a sovereign cube facing the sea」。アクロポリスを見て、cubeと捉える。最初の建築体験、啓示。
□Album of La Roche
パリに出る。ピカソがキュビズムを発表した後の時代、ポスト・キュビズムに何をしたら良いか?オザンファンとポスト・キュビズムのマニフェスト、ピュリズムを発表。「暖炉」(白い立方体)を描く。静物画のモチーフとしてガラス器を多用。
スケッチブック「Album of La Roche」を辿る。延々と絵の下絵、そして絵。透明ガラス器の重なりの表現を探し(スケッチ)、まとめとして絵を描く。空間の重層性の表現、コーリン・ロウの述べるところのambiguity(両義性)。ドミノシステムのスケッチ、重なりあいの表現、レマン湖の景色(「母の家」の土地を探しに行ったときのスケッチ)。重なりあい、ラ・ロッシュ邸の初期スケッチと内観パース。空間の取り出し方、重層させていく過程を建築に置き換えていく。理論、絵画、建築の一貫した仕事。最後に300万人都市のスケッチとマニフェスト。そしてヌードデッサンの模写。原型があって模写、自分のスタイルを作っていった。
□黒い影
白の時代(1925-35)に3-4のコンペに当選後外される、落選を繰り返す。国連連盟本部、モスクワのセントソロユース、ソビエト・パレス。建築家として一度挫折。1929年、南米旅行へ。南米のスケッチブック。リオの岩山と民家。ヴァナキュラーな物への関心。岩山に長大なピロティのスケッチ、高速道路+建物の構想の始まり。後のアルジェ計画に集約。女性の裸を多く描く、エスニックへの興味。帰りの船でジョセフィン・ベーカーとの出会い。1930年代の変化、「黒い影」。マッシブで透明感のない、肉の塊として対象を捉える。建築でも存在感のある素材を使う。何故?
(時代を戻して)パリに出た頃の娼館を描いたスケッチは、ピカソの「アビニョンの娘たち」と同じ主題。ドラクロアのアルジェ、モロッコ。ロダンのヌードデッサンの模写。常に「二人の女性」の主題。「黒い影」を持った立体においても相変わらず「二人の女性」の主題。
□アイリーン・グレイとカップマルタン
アイリーン・グレイの登場。漆工芸家から始まり、先端的なモダンデザインを手がける美女。1929年にカップマルタンの住宅「E. 1027」を完成。コルビュジェよりも出来の良い(?)白い箱。この住宅の背後に、コルビュジェ設計のカップマルタンの小屋と宿泊施設が建つ。コルビュジェはこの住宅に、彼女に無断で壁画を描き、激怒させた。
なぜ白い壁を汚そうとしたのか?白の時代の自分を汚した?なぜ二人の女のモチーフ?アイリーン・グレイはレズビアン。エスニックな肉体を描きながら、自分自身の中にある透明性、キューブを統括して支配しようとした?男性から見て女性は他者、自分でコントロールできない他者の存在を感じる。建築との関わりを考えるという状態に追い込まれた?この頃に、コントロールの効かない破壊された都市に到達。
□ラ・トゥーレット修道院
元々はスイスのプロテスタント社会で育った。なぜラ・トゥーレットを設計する?最初期のスケッチはスロープ案。神父よりル・トロネ教会を見るよう勧められる。コルビュジェのノート「10%しか光がない。全部石だけ」。非常に的確な指摘。写真、模型では分からない。体で感知しないと分からないことがある。1963年に訪れた。まだドミニコ会が実際に生活しており、女性は入れなかった。最初の透明から、「E. 1027」の悩みを経て、真っ暗闇に行き着く。
磯崎さんの講演を聞くのは、第3世代美術館の全盛期以来、14年ぶりくらい。その平明に見えて難解(に感じられる)な論理で、聴く者を惹き込む語り口は健在。今回も繰り返し「なぜか」と明確に問いを発し、それに答えつつ気がつけばコッテリとした深みへと誘います。話を建築に帰結させながら、心に残るのはどんよりとした闇。なんとも言葉にし難い領域へと斬り込む手腕が印象に残りました。
アカデミーヒルズを出ると、YAYOI KUSAMA presents 「宇宙の中の水玉カフェ」が開催中。「いつも何かが起こっている」イベント性の仕掛けはさすが。
2007年07月22日
●国立西洋美術館
上野の国立西洋美術館本館は、ル・コルビュジェが日本で唯一手がけた建物として有名です。設計はル・コルビュジェと彼の弟子である前川國男、坂倉準三、吉坂隆正、竣工は1959年。DETAIL JAPAN 2007年7月号はコルビュジェ特集号ですが、その中でヨコミゾマコトさんがこの建物について書かれています。わずか4ページのテキストですが、トップライトと光の採り入れ方の変遷を主軸に、様々なエピソードを散りばめつつ「不安定な正方形」という言葉で締める構成は詩的かつ論理的で面白いです。
というわけで西美へ。三角形のトップライトから自然光が注ぐ中央部吹抜。梁や壁面に付いた照明が、コンクリートと自然光の劇的な関係性を妨げて残念。いかにも後付っぽい。
ヨコミゾさんが書くところの「6x6スパンの構造と、中2階に浮いたように卍型配置された照明ギャラリーとが相互に貫入することで、内部空間に独特の透明感と流動感がもたらされている」展示空間。中2階は現在立入禁止。美術館の方に聞いたところ、以前は小品の展示に使っていたが、バリアフリーの兼ね合いや光熱の調節の都合上閉鎖とのこと。立体的な動線が使えないのは、空間体験としてはもったいない。美術品の保護、良好な鑑賞条件の必要性は分かるものの残念。
ガラスの中の階段。ガラスで竪穴区画しているのでしょうが、階段がガラスの展示ケースに納められているよう。西洋美術館自体がコルビュジェ建築という遺跡の動態使用に見えて、世界文化遺産への登録を先取りしてる?
もうじき設備改修に入る新館。設計は前川國男、1979年竣工。天井の特徴的なトップライトは光熱の都合上閉鎖中。今回の改修で改善されるか?
新館から中庭越しに本館を望む。基本的に眺めるだけ。機能的には日本庭園に近い?
●「ル・コルビュジェと私」 第2回 「私とル・コルビュジェと住宅建築」
森美術館で開催中のレクチャーシリーズ「ル・コルビュジェと私」の第2回「私とル・コルビュジェと住宅建築」の聴講メモです。出演は安藤忠雄さん。
□ル・コルビュジェとの出会い。
建築を学び始めて初めて買ったのはコルビュジェの本。ロンシャンの教会にたくさんの人が集まっている写真、マルセイユのユニテ・ダビタシオンのピロティと屋上庭園。そこで子供たちが走り回っている写真。建築は個人だけでなく公的な影響も及ぼす。
1965年にヨーロッパを旅行した。ギリシャ、パルテノン神殿はそれほど凄いとは思わず。フローレンスのドーム、マルセイユ、アフリカ、インドを経て日本へ。マルセイユでは船が3日遅れて、毎日ユニテ・ダビタシオンに行った。
ラ・ロッシュ=ジャンヌレ邸(1923-25年)。銀行家とコルビュジェのお兄さんの家。ジャンヌレ邸は、現在コルビュジェ財団が使用。以前にコルビュジェの全住宅の模型を作って財団に寄贈したが、今度は借りようとしてもなかなか貸してもらえない。コルビュジェは建築好きで、住みやすさ、使いやすさもよく考えられている。サッシュの結露水の処理、スロープの手摺、ガラス戸が開く範囲等。
マルセイユのユニテ・ダビタシオン(1945-52年)のピロティと屋上庭園。時間が経てば傷むが、考え方はしっかりと残る。残らなければならない。換気扇周りの鍋収納、2階吹抜手摺壁の通風スリット及び本棚等良く考えられている。
サヴォア邸(1928-31年)。当時の文化相アンドレ・マルローのおかげで保存された。
リートフェルトのシュレーダー邸。1924年竣工、コルビュジェと同時期。ピート・モンドリアンと友人関係。家具作家が作った家。巨大な家具。良く動く。クライアントの存在が大切。
□自作を語る
1969年に事務所を開設。10年間は頼まれた仕事は好きにやれば良いと思っていた。楽しかった。建物が大きくなるとそうはいかない。
富島邸(1973年)。現在はアトリエとして使用。安いのでコンクリート造。型枠を外せば仕上なしで使える。その反面、汚れやすく補修も難しい。型枠を外すときに木片が貼り付くのを、ペンキを塗ることで綺麗に外せるように改良。特許をとっておけば良かった。
神戸の住吉邸。地場産の御影石を用い、既存のクスノキを残す。風景を残しながら、受け継いできた住まいを具象化。
大阪の住吉邸(長屋、1976年)。間口3.6m、奥行15m。コルビュジェの建築5原則に沿った建築を作りたいと考えた。三軒続きの長屋の真ん中を切るので、倒れてこないかと心配した。敷地を長手に三分割して、真ん中を中庭に。通風、採光、日照のみ考慮して、冷暖房は不要と考えた。外を通ってトイレへ。雨の日は大変。抽象性、コンセプトをしっかりと作ることが大切。
ロンシャンの教会の人々を集める力、集まる場所、そして責任。あちこちから光が入り、20世紀を代表する光の空間。地中美術館(2004年)では建物の外形は存在せず、光で建築が成り立つ。
光の教会(1989年)。予算2,700万で70人入る教会を。屋根はなくて良いか?雨の日は傘を差して集まる、良い教会では?正面十字の光のスリットにはガラスが嵌っているが、とりたいと繰り返し言っている。風を感じられて良いのでは?良い建築とは、空間のボリュームと光。床や家具は工事現場の足場板を使っている。U2のボノが観たいと事務所にやってきた。ボノ美術館が進行中。
水の教会(1988年)。湖に開いた教会。縁側の教会を作りたい。
六甲の集合住宅(I期、1983年)。斜面住宅への興味。コルビュジェの斜面住宅のスケッチ(1949年)、その実現といえるアトリエ5のハーレンの集合住宅(1959-61年)。平坦な土地に分譲住宅を建てたいという相談を受け、その背後の斜面(活断層あり)の計画ならやりましょうと返答。ほとんどが地下に埋まるので建蔽率は0%もありかと考えて、役所におこられた。若いことは良いこと、失敗しても良い。コルビュジェもラ・ショード・フォンからパリへと出てきて、悪戦苦闘しつつ、考えを貫き通した。自分の考えを貫けば、光が見えてくる。あまりの急斜面に、雨の日は崩れるかもしれないので敷地に行くなと所員に指示。II期(1993年)、隣の土地の地主から、うちでも出来ないかと相談。16層を階段で上がる計画を提案、それでは売れないといわれ、斜行エレベーターを設置。雛壇の眺望の良い場所に公共スペースを設置。III期(1999年)、神戸製鋼の寮がある土地に勝手に提案。断られるも、1995年の阪神大震災を機に相手方から依頼がくる。考え方を作り、書いておくことは大切。いつチャンスが来るか分からない。IV期、病院の建て替えと集合住宅。これまでの実績を踏まえての依頼かと思ったら、別の理由もあった。前に進めていかないと、話は進まない。
直島。1988年に美術館にしたいと相談を受けた。亜硫酸ガスと石切場で荒れたはげ山。美術館とホテルを計画。1,000円募金を200万人集めて、はげ山を緑にしようと発案。自然を壊すことも出来る、作ることも出来る。草間弥生のオブジェ。カボチャに見えるというと、おこられた。元気の源は好奇心。古家を改修してアートの場に。運営側が色々と考える。
オリンピック。設計者に選ばれたことが発表されたときはベニスにいた。話を聞いていなかった。東京都市圏は世界唯一の3,000万人規模。そこを魅力的にすることが、これからの人口増加、環境破壊を考える上で役に立つ。「風の道」、「緑の回廊」、「海の森」を提案。1,000円募金を100万人集めたい。9年経てば、宇宙から見える規模の森になる。人間が壊したものを作る。東京都の全小学校の校庭の芝生化を提案。メンテが大変だが、芝生ならば子供達も駆け回るだろう。電柱を地中に埋めて、地上緑化を提案。屋上庭園、壁面緑化、民間も緑化。
東急渋谷駅と上野毛駅を設計。渋谷駅の地下30mのホームに自然の光と風を採り入れる。来年6月完成。東急沿線の斜面を緑化。1965年のヨーロッパ旅行の洋上で水平線を見た。地球は一つ。一人ずつが手を差し伸べれば、生き延びられる?現状は絶望的。
4mx4mの家。4階にロビー、明石大橋と淡路島を一望。これくらいの規模であれば、誰にでも機会がある。チャンスは自分で掴むもの、自分で組み立てられなければいけない。
建築は自分で可能性を作り、潰していく。コルビュジェは晩年にロンシャンの教会を手がけた。エネルギーを蓄え、常に考え続けることが大切。人生を面白くするのは自分、仕事を面白くするのも自分。考える人が多く要る。コルビュジェはアトリエで多くの後進者を育てた。思いの強い人は最後までいく。
□質疑
Q:これからの目標、ご自分の長所、短所は?
A:地球の役に立ちたい、地球は一つ。色々なことに興味を持って、精一杯やっている。
Q:死後完成したコルビュジェの教会、工事が進むガウディの教会。死んでも建ち続けて欲しい建築はありますか?
A:瀬戸内海の森、海の森、電柱の地中化。ガウディは積石造を前提にその限界に挑戦したが、現在は鉄筋コンクリート造で作っている。ガウディの思いは、コンセプトはなくなるのか?つらいのでは?サン・ピエール教会もコルビュジェでありながら、コルビュジェでない。難しいなあ。
初めにコルビュジェの本を買い、ヨーロッパを旅行した。フランク・ロイド・ライトの帝国ホテルを見に行った。山邑邸も見に行った。写真とはずいぶんと違う。作りながら考えているので、ディテールに膨らみがある。現代では難しい。コルビュジェは400-500年に一人の人。その前はミケランジェロ。
安藤さんの講演を聞くのは10年ぶりくらい。以前と比べると、ドローイングや模型はとても少なくなり、地球規模の環境論が主論になりました。建築の抱える抽象性と具象性といった困難な課題をあっさりと述べ、緻密に描き込んだドローイングと模型、美しい写真を映しつつ、河内弁の軽口で観客の心を掴む話術は驚くほど魅力的。明快で力強いテーマを繰り返し話されるので、その意図するところも非常に明快です。そのスケール、行動力に圧倒されました。
講演会の前に、東京シティビューとコルビュジェ展会場を一周して講演会場へ。気がつけば、一番リピート率の高い場所になりました。ソフトの大切さを実感します。
2007年07月03日
●藤森建築と路上観察
東京オペラシティ アートギャラリーで開催された「藤森建築と路上観察」を観ました。手作り感覚で生命感漲る建物の数々を手がける藤森照信さんの「第10回 ヴェネチア・ビエンナーレ建築展帰国展」。建築を捉える視点がユニークで面白いです。
展示の冒頭は左官仕上げのサンプルが並びます。そして縄文建築団が使う道具の数々。身体感覚の前に触感に訴えてきます。そしてとても楽しげ。
靴を脱ぎ、焼杉の塀に金箔で縁取ったにじり口を潜ってホールへ。竹で組み、縄で覆われたシアターで腰を降ろし、路上観察団の映像をじっくりと観ます。ゴザで胡坐をかいて観るのが落ち着きます。人の出入りの度にユラユラと揺れる骨組、縄の間から漏れる照明、時々上がる笑い声が良い感じ。塀の裏手に広がるシアターでは、高過庵の製作記の映像が流れています。こちらでもゴザの上に腰を降ろし、じっくりと観ます。パネル展示や模型もありますが、断然こちらの方が面白いです。触覚、身体感覚に訴える藤森ワールドを満喫しました。
展覧会もあと一日。なかなかの人の入りで、藤森さん大人気。
こちらは銀座メゾンエルメスで開催された「メゾン四畳半」藤森照信展。三つの四畳半はそれぞれ居心地良かったですが、撮影OKだったのはなぜかアコヤ貝の貝殻を埋め込んだ大きな貝。この中に立って、ヴィーナスの微笑よろしく記念撮影をどうぞという仕掛け。ギャラリーのお姉さんが写真を撮りましょうかと薦めてくれましたが、固辞しました。そのおやじギャグには染まりきれませんでした。
2007年07月02日
●ル・コルビュジェ展 建築とアート、その創造の軌跡
森美術館で開催中の「ル・コルビュジェ展 建築とアート、その創造の軌跡」を観ました。生誕120周年、サン・ピエール教会の完成、作品の数々の世界遺産登録への動き。時宜を得て、彼の建築と絵画・彫刻を同列に並べてその本質に迫ろうという試みです。
セクション1:「アートを生きる」。コルビュジェの絵画・彫刻を並べ、その奥にパリのアトリエの再現模型が現れます。「暖炉」に見られる「白い箱」から、「白い時代」の住宅シリーズへとつなげる構成。理屈は分かっても、直感的に理解するのはちょっと難しい。再現模型は良く出来ていて、特にアトリエ後方の机周りが良いです。この空間スケールが、コルビュジェの好んだ身体感覚かと追体験に浸れます。ガラスブロック越しに射す自然光の再現もなかなか。アトリエに並ぶ絵画がガラス越しで、雰囲気を削がれるのが残念。
セクション2:「住むための機械」。シャルロット・ペリアンの参加と共に始まるコルビュジェの黄金期。家具、自動車、住宅。オリジナルのドローイングと模型による展示で、20世紀建築の巨匠「ル・コルビュジェ」の世界を満喫。私の経験と知識が増えたせいか、学生の頃よりも今見る方がずっと魅力的に思えます。
セクション4(?)の一角にある映像コーナー。「暖炉」から「白い住宅」へと変形し、テーマ毎に内部を見せてゆく構成と、再現CGの素晴らしい映像。それをコルビュジェデザインの椅子コレクションに腰掛けて楽しむ仕掛け。今回はLC2に座ったので、次回はLC4に座ってみよう。
セクション5:「集まって住む」。ユニテ・ダビタシオンの住戸の再現模型。やはり実寸で空間を体験できることは、とてもありがたいです。いつか実体験をしたい。
セクション8:「空間の奇跡」。フェルミニのサン・ピエール教会が目新しい。
セクション9:「多様な世界へ」。カーペンターセンターと西洋美術館は行ったけれども、インドは未訪。とりあえず西美のパルマ展に行こう。
セクション10:「海の回帰へ」。カップマルタンの小屋の再現模型。これも良い出来。小さいながらとても豊かな空間。壁としての絵画。海を映し込む、鏡貼りの窓。一度の数名しか入れないので行列ができ、ゆっくりと出来ないのが残念。
再現模型と、ドローイングと模型による建築展として、充実した内容だと思います。絵画・彫刻と建築という点では、その相互関係を直感的に捉えることができず、2つの展示が分断されつつ展示されている印象を受けました。レクチャーシリーズを計4回聴く予定なので、時間をかけて理解しようと思います。
東京シティビューから見下ろすテレビ朝日。空から見ても端正な顔つき。設計は今回のレクチャーに出演される槇文彦さん。
2007年07月01日
●「ル・コルビュジェと私」 第1回 「ル・コルビュジェについて語る」
森美術館で開催中の「ル・コルビュジェ展」。そのパブリックプログラムの一環であるレクチャーシリーズ、「ル・コルビュジェと私」の第1回「ル・コルビュジェについて語る」の聴講メモです。出演は槇文彦さんと富永譲さん。
槇さん:インドに旅行した際にアーメダバードを訪れた。ホテルの窓から、水牛が昼寝している向こうにコンクリートのブリーズソレイユが見えた。シャンディガールのアトリエで、コルビュジェと会う機会を得た。当時設計中だった豊田講堂の設計図を持ち歩いていたので見てもらった。柱をつなげているのが気に食わない様子だったが、彼もスイス学生会館ではつなげている。
コルビュジェにまつわる伝説は多いが、素朴な人という印象。その一方で「人生は残酷」という言葉も残している。
コルビュジェは1920-30年代に英雄になり、世界大戦期は不遇の時期を過ごすが、ロンシャンで再び英雄になった。人生で2度英雄になることは凄いことだが、常に満たされないところがあり、それをエンジョイしているように思える。
富永さん:独立して仕事がなかった時期に、コルビュジェの作品集を読んだ。毎日見ていても飽きない。編集が上手い。汲み尽くせない魅力を感じ、彼の作品の模型を作った。結局12個作った。
白の時代の住宅はピュアに見えるが、グロピウスとは根本的に何がが違う。
リチャード・マイヤーらFive Architects は、コルビュジェの白の時代のボキャブラリーを用いて、ゲーム感覚でデザインした。
ロンシャンの教会の創作過程を、スケッチを順番を並べて推理した。抽象的でユニバーサルではない。風景の音響学、大地の空間にどう働きかけるか。1950年のスケッチに見られる広い空間の捉え方は、1911年のパルテノン神殿のスケッチの頃に戻っているのでは。ラ・トゥーレット修道院は大地に突き刺さる感じ。
槇さん:日本人は「自然」、ヨーロッパ人は「大地」という言葉を使う。ある荒々しい何かに、手を加えて作っている。シャンディガールの建築は、土地をくりぬいて作る感覚。人間と対峙する。ラ・トゥーレットは極限の個人の生活の場。コミューンの理想形?
サン・ピエール教会のそそり立つ祭壇は感動的。壁に穿たれた開口のアイデアは後付けかもしれないが、とても良い。
白の時代の住宅の展開と三つの教会は、コルビュジェを良く表している。前者は金持ちの住宅。フランス人は仕事を頼まず、依頼主はアメリカ人とスイス人。後者はドミニコ派の前衛的な司教の依頼。パトロンは大切。教会の三部作は、不定形、直角、垂直がそれぞれのテーマ。
対談:カップマルタンの小屋。今回の展示の原寸模型は凄く良く出来ている。奥さんへの誕生日プレゼント。内装はベニヤの丸太小屋。白の時代の水平窓と対比的。世界が自分の中に入ってくる。
母の家。ラ・ロッシュ邸と同時期(1923年頃)。長手11m、奥行4m。ベッドルームの裏手にトイレ、キッチン、ユーティリティがあり、生活しやすい。親に対する愛情が感じられる。設計図を持って、場所を探して作った。70m2ながら広々としており、風景が飛び込んでくる感じがする。ミースの空間に近い。建具に朝陽の通る丸孔を開けたりして、白の時代の住宅とは違った意識で作られている。30年後(ロンシャンの教会を手がけている頃)にこの家が如何に大切かを綴った「小さな家」を出版。
ラ・ロッシュ=ジャンヌレ邸。白の時代の出世作。ナポリの街区スケッチを思い起こさせる曲面の壁。思ったより広がりがなく、ギュッと締めてまた広げる感じ。建築的プロムナード。
エスプリ・ヌーボー誌。オザンファンと共同ではじめるも、徐々に排除。コルビュジェの作品ばかりに。
ポンペイのスケッチ。古いモノと合体して、新しいモノが生まれてくる。
窓。前期は主体が外を見る。後期は主体に浸透してくる。外を取り込んでいる。
コルビュジェとミース。コルビュジェはビスタの展開、身体性。ミースは絶対的な空間、ある意味バロックに通じる。
ロンシャンの教会。中にいる主体に対して、入りこんでくる。色を使うのは、ステンドグラスの変形。歴史の根本に働きかけながら、今の形に変形していく。アルジェリアの村、カニの甲羅。1911年「東方への旅」に出てくるヴィラ・ドリアーナの採光窓から、教会の採光窓へ。自分の目で見たものを参照、表出して世界が広がってゆく。
槇さん:(ギリシャ、イドラの写真を映しつつ)モノクローロ=シンプル+スペース。レゴを重ねることでできる。住居の一角を切り取って外部を作る=コートハウス。白の時代の原型、ドミノ。空間を如何につなげるか。モノル、白の時代にも現れる。エスプリヌーボー館から300万人都市へ。コートハウスの集積を作り出した背後には、ヴァナキュラーなモノがあったかもしれない。コルビュジェの抱いた文化形態に近いものが、普遍性を掴みだし、現代(高層住宅)まで拡大したのではないか。
1911年の旅行記。人間の普遍性をスケッチして掘り起こしていく。普遍的なものを見ながら、現代化していった。
和辻哲郎「風土」。時間をかけて旅をした。
気心の知れたお二人による、尽きぬコルビュジェ談義。とても充実したひとときでした。
2007年03月23日
●上野の杜 韻松亭
ダ・ヴィンチ展の後は、「上野の杜 韻松亭」へ。公園の桜を借景に花見弁当を楽しもうという計画は、桜の開花が間に合わず少し残念な結果に。でも、季節物はそんなもの。晴天の下、白木蓮と蕾膨らむ桜を見ながら、花見弁当を美味しくいただきました。値段は少々高めですが、3段重ねの重箱に細やかに詰められた料理は、花の季節に相応しい華やかさでした。
打ち水をした玄関。公園の喧騒に面しつつ、世界を切り替える仕掛け。
玄関奥の建具を外して坪庭を見せる、内外連続の演出。板戸の絵が効いてます。実際には庭の上部にガラスが入っています。
テーブル席から望む公園。左手にバルコニー、右手に白木蓮、さらに横に桜の木が広がります。これからの季節は絶景でしょう。
内装は石積み風タイルの壁、床暖房を仕込んだフローリング床、古材をアクセントに用いた天井で構成され、濃い目の色味で落ち着いた空間に仕上がっています。ウォルナットっぽい無垢材を接いだテーブル、革張りの椅子も馴染んでいます。
ハリボテを交えつつも、桜の頃はさぞやと思わせる景色の切り取り方といい、とても効果的に和の空間に仕上げています。食事中に二度ほど、「京都に行こう」という会話が聞こえましたが、この空間が和の感性を刺激せずにはおかないのでしょう。今回はテーブル席でしたが、座敷もありました。
2007年02月25日
●国立新美術館
晴天に恵まれた週末、国立新美術館に足を伸ばしました。日本で五つ目の国立美術館として、華々しくオープンした建物。連日メディアを賑わす設計者の方。とても旬なスポットです。
巨大な吹抜空間。スケール的には東京国際フォーラムに匹敵しそうなバブリーな空間。波打つファサード越しに射す光が、逆円錐形の壁面に落とす影が美しい。光熱費が凄まじくかかりそう。
行きかう人々、カフェで寛ぐ一時。建築としては非常に大味に思えますが、新しい街路が出来たと思えばなかなか。夜間開館がないのが残念。
波打つガラスファサードに嵌め込まれた、円錐形の風除室。ダイナミックな造形は、子供の頃によく行った万博記念公園を思い出します。
2006年11月12日
●伊東豊雄 建築|新しいリアル
東京オペラシティアートギャラリーで開催中の「伊東豊雄 建築|新しいリアル」展を鑑賞しました。いや、体験しましたの方が正しいか。「せんだいメディアテーク」から最新作までの9作品を紹介する企画展示です。
原寸で再現されたうねる屋根を歩きつつ、原寸に拡大された図面を眺め、所々に設置された模型やCGを眺める。構想の魅力に知覚を刺激され、実現への過程を辿り、実際の空間を身体で以って体験する会場構成はとても巧みです。歩き回るだけでけっこう楽しい。伊東豊雄建築設計事務所35年間の活動の軌跡を当時の雑誌やインタビューで振り返るコーナーも、アイデアがぎゅうぎゅうに詰まっていて見応えあります。良く出来すぎていて、回顧展かと錯覚してしまうくらい。
ただ、「物質(もの)と人間の関係を問い直す=新しいリアル」という概念は今一つピンときません。立体グリッドやうねる屋根といった大胆な構想が実現することに興奮を覚える一方で、素材感はむしろ希薄に思えます。実際はどんな感じなのでしょうか。とても興味が湧きます。
2006年11月11日
●ポストバブルの建築シーン
シンポジウム「ポストバブルの建築シーン」を聴講しました。分野の異なる5人の専門家が、関連性を持たせたテーマ設定の下、バブル後の建築シーンをパラレルに語る試みです。捉えどころのないメインテーマを「パラレル」と開き直ることで、とても面白い内容になっていました。全体のレポートはこちらを御覧下さい。(お誘いいただきありがとうございました。)
中でも面白かったのが、ヨコミゾマコトさんと藤森照信さんの話。理路整然とした筋立てにサイドエピソードを交えつつ淡々と話すヨコミゾさんと、ただ一人ホワイトボードを使って本当に楽しそうに説明する藤森さん。どちらも分かりやすく面白い。
ヨコミゾさんの話は、バブル期の好況時に斜に構えているうちに梯子を外されるところから始まり、指南書としての伊東豊雄「消費の海に浸らずして新しい建築はない」の存在、そして狭小住宅へと向かう流れを軽く既観して、「境界のあり方」の話へ。
外を塀で囲み内側は緩やかに仕切る形式から、タワーマンションの増加に伴い、外は緩やかに作って内側を硬く固める形式へと変化。そんな時代の中で、建築家は周辺へと触手を伸ばす形式を試みている。例えば隣の庭の借景を楽しむとか。実例3題の紹介。紙を押すとクニャッと曲がるが、丸めた紙は強くなる。そんなつくりを繋げるように作った。狭小の場合、通常のラーメン(柱梁)構造だと住むスペースがなくなるが、鉄板で薄く包む構造だと内部が広くなる。採光に恵まれない敷地で3階建の集合住宅の計画。1階に住むイメージが湧かないので、水平に3分割でなく垂直に3分割の計画とした。屋根はテント貼り。東京ドームで使われている膜の強化版を使用。
藤森さんの話は、評価の高い若手建築家の住宅プランの紹介から。中心に小さくホールを設け、全周に諸室を配置する藤本壮介さんのTハウス。一見、荒唐無稽、実は究極の廊下なしプラン。居間、縁側、風呂、トイレといった諸機能を分棟化した西沢立衛さんの森山邸。昔コンペの審査で「分離派」と呼んでいたユニークな考え方(けれども入選には至らない)が現実に出現した。プランが「変」になっている。しかも施主が喜んでいる。住宅が原始化している?
不思議なプランと、はっきりとしない外観。その元を辿ると伊東豊雄さんの「せんだいメディアテーク」に行き着く。特徴的な「網の目構造チューブ」の中は、実は外ではないか。中を包むことで外と隔てていた壁が、ここでは反転している。内部の延長としての外部が出現した結果、境界は曖昧に。伊東建築の外観がガラスの箱なのは、境界を捉えきれないため止むを得ず。
とても親近感を感じる視点の設定と、要所要所での切れ味鋭い展開がバランス良くて、とても興味深かったです。
2006年10月20日
●フライ・オットー 建築を語る
昨日鹿島KIビルで開催された講演会「フライ・オットー 建築を語る」を聞きました。高松宮殿下記念世界文化賞の2006年建築部門を受賞されたドイツの建築家「フライ・オットー」さんと、紙の建築等で有名な建築家「坂茂」さん、構造家であり東大教授でもある「川口健一」さんの三者による鼎談形式の受賞記念講演会です。
話はオットーさんの協働者として大切な2人、テッド・ハッブル(ホッパー?)さんとそのアシスタントを務めたピーター・ライスさんの名前を挙げるところから始まります。そして丹下健三さんとの出会いとクウェート・スポーツ・シティコンペでの協働作業の紹介へと続きます。ゆっくりと、そして尽きぬ泉のように話し続けるオットーさんと、興味深い点を指摘し掘り下げを図る坂さん、ポイントを踏まえつつ適度に話を切り上げて次のテーマへと誘導する川口さんという感じで進行していきます。シュトゥットガルト大学軽量構造研究所の紹介では、科学と生物の二方向の研究アプローチのユニークさを紹介し、さらに構造形式を検討する上での模型の重要性を説きます。そして坂さんと協働されたハノーヴァ万博日本館の紹介。紙管による折れ曲がり屋根の困難を、オットーさんの発案によるユニークな接合パーツの考案で克服するエピソードが披露されます。最後に最新作としてコンクリートシェル構造の大屋根と、二週間前に行ったばかりという地下空間に関する実験を紹介して終了です。オットーさんの深い哲学と想像力に触れる、2時間オーバーの熱演でした。
丹下さんとのエピソードのところで代々木体育館(国立屋内総合競技場)が映っていたのですが、私が建築学科に入学して最初にスケッチしたことを覚えています。当時既に近代建築の名作と紹介されていましたが、その計画時から現役の方が今も第一線で活躍されていることはすごいことです。坂さんを始めとする様々な方とのコラボレーションを通して、時代のエッセンスを吸収し続けているところに秘訣があるのではないでしょうか。人とのつながりのエピソードに重きを置く構成から、そんなことを思いました。
2006年04月18日
●その時代の未来
建築には「その時代の未来」を体現する巨大なハードウェアという側面があります。30年の時間差を経て対峙する「中銀カプセルタワービル」と「電通本社ビル」の眺めは色々と興味深いです。
双方とも時代を代表する名建築ですが、その思想は大きく異なります。大地を空へと拡張し、新陳代謝をも具現化しようとする前者と、膨大なボリュームをスマートに消去する後者。そこには成長期から成熟期へと急速に移行する時流が反映されています。
驚くべきは、前者が既に時代のイコンのような存在になっていること。人間だったらようやく仕事を覚えて、さあこれからというあたり。えっ、建物の寿命ってそんなに短いの?と改めて思います。
2006年04月16日
●建築家 グンナール・アスプルンド
松下電工 汐留ミュージアムで開催中の「建築家 グンナール・アスプルンド」展を鑑賞しました。北欧デザインが人気の今、スウェーデンの巨匠を紹介するとても時機を得た企画です。
展示は二つの大部屋とそれらをつなぐ通路で構成されています。部屋の中心にはランドスケープ模型が置かれ、アスプルンドの特徴である自然と建物との関係性をとても明快に把握できます。それを取り囲むように写真、解説パネル、映像、家具等が並びます。「森の墓地」と「夏の家」、二つの代表作を中心に据えて、広大なランドスケープから家具までスケールを自在に跳躍しながら時間軸に沿ってアスプルンドの建築を紹介する構成は、コンパクトかつ変化に富んで面白いです。さりげなく挿入されるアスプルンドの絵画、アアルトや日本とのエピソードも、想像の余白を広げてくれます。中でも「森の墓地」のランドスケープ模型越しに、壁面いっぱいに大伸ばしされた写真が展示される様は、じっさいに緑の芝生を眺めつつ十字架へと歩いていくようで感動を覚えます。実物を観たい欲求が湧き上がります。
なのですが。。。実はけっこう鑑賞しづらかったです。会場に対して展示数が多すぎること、写真パネルの高さが統一されてないこと、模型を覗き込むと影が落ちてしまうこと等々。せっかくの構成がかなり損なわれていると感じました。もったいない。
2006年02月27日
●前川國男建築展
学生の頃は、日本の戦後建築というと丹下健三さんに目が行きがちでした。最近は世田谷区役所の広場が気になったり、上野の東京文化会館前を通って東京都美術館へ行くことも多いので、それらの設計者であり、丹下さんの師でもある前川國男さんへの興味が膨らんでいます。というわけで東京ステーションギャラリーで開催中の「前川國男建築展」に行ってきました。
修行時代から、独立後のコンペ連戦、戦後の資材不足の中での住宅との格闘、皇居端の美観論争、そして様々な大規模建築を次々と手がける巨匠の時代へ。50年余に及ぶ設計活動の足跡を図面と写真と模型で辿っていきます。骨太で少々素っ気ないデザインの数々を見ていると、そういう時代を土台として現在の軽やかなデザインの流行があるのかなと思います。そして日常生活の中で出会う機会の多いところに前川建築の力を感じます。
内容は申し分なしですが、構成は少々散漫な感じでした。「結局美観論争はどうなったんだ?」とか、「最小限住宅の前ふりを晴海高層アパートや阿佐ヶ谷テラスハウスで受けてくれないの?」とか。先日見た「吉村順三建築展」がよく出来ていただけに残念。
美観論争の地にバンバン超高層が建つ現状は、建築を取り巻く状況が急速に変化している現れだと思います。
2005年12月24日
●吉村順三建築展
昨日は午後から上野に出かけました。「北斎展」を鑑賞してから早一ヶ月。葉も落ち、日も低くなってすっかり冬模様です。行く先は東京藝術大学 大学美術館、「吉村順三建築展」です。
会場に入って、人出の多さに驚きました。会期終了間近の三連休で、しかも午後。当たり前かもしれませんが、建築展が多くの人で賑わっていて嬉しいです。
会場は広いワンルーム空間で、中央の島に図面や解説を集め、それを囲むように1/50の模型、壁面に沿って写真とスライドが展示してあります。模型を様々な角度から眺めて「流れるような空間構成」を体験しつつ、壁面の写真、島の図面やスケッチを見ていくと、頭の中に吉村さんの考えや空間が流れ込んでくるようでした。トレーシングペーパーに緻密に書き込まれたローコスト化の考え方の変遷等も興味深かったです。後で図録を観たら、模型の写真は一切なく、会場内で感じた空気との落差に愕然としました。実際に観られて本当に良かったです。
正門前大看板には「軽井沢の山荘」の原寸大の断面図が展示してあります。その大きさを実感しつつ空を見上げて、木立の中の山荘を想像しました。
2005年11月30日
●つくばカピオ 1996
つくばカピオは、つくば市の中心に建つ複合文化施設です。アリーナ、ホール、会議室、カフェ等を併設し、前面の公園と一体で文化・レクリエーション拠点として機能します。設計は谷口建築設計研究所、施工は五洋建設、竣工は1996年です。写真は1996年8月に見学会の際に撮ったものです。
大きな庇で外と中を繋げる構成は前出の法隆寺宝物館と同じです。スラリと伸びる列柱が空間を引き締め、スリット状の開口とトップライトが庇の重みを消去します。右手に公園が広がり、左手ガラス面の奥にロビー、さらに奥にアリーナがあります。
アリーナの2階ギャラリーより庇側を見たところです。下部は水平性を強調し、上部は方立てでリズムを取った軽やかなガラススクリーン。その向こうに公園の緑、そしてつくばセンタービルが見えます。アリーナ天井と庇のレベルを揃えて、景色を一枚の絵として切り取りとっています。
建物側面に配置されたカフェテラス。大味な空間が多い中心市街地の中で、落ち着きを感じられるスケールを作っています。
公園から子供たちが駆けて来て、列柱に抱きついたり鬼ごっこをはじめたりしていました。公園のデザインが古いので、つくばカピオとのチグハグっぷりが目につきますが、遊び場という点から見るとあまり関係ないみたいです。
2005年11月27日
●法隆寺宝物館
法隆寺宝物館は、東京国立博物館の敷地の中でも少し奥まったところに建つ、端正な顔立ちと光の宝石箱のような内部空間を持つとても美しい建物です。設計は谷口建築設計研究所、施工は大林組、竣工は1999年です。
ガラスの箱の中に石貼りの展示室を収め、その外側に大庇を廻して中と外を繋ぎます。その明確でダイナミックな構成は、訪れるものを魅了します。水盤に浮く橋を渡り、澄み渡る青空をスパッと切り取る大庇の下、ガラススクリーンをくぐって内部へと至ります。
ガラスの箱と石の展示室の間は「内部化したオープンスペース」となっています。細い方立てが効果的で、柔らかい光に満ちています。左が石貼りの展示室、右がガラススクリーンです。静寂の空間に見えますが、実際には1階レストランのカチャカチャという音が反響して都会の雑踏のような雰囲気です。ここらへんも「オープンスペース」らしくて私は好きです。
2階より中2階の資料室を経て1階へと続く階段。方立ての影が館内を柔らかく包み込みます。法隆寺回廊の連子窓の影を連想させます。
資料室の休憩コーナーです。ガラススクリーンの向こうに水盤、そして錦秋の眺め。計算し尽くされた空間構成です。ソファはコルビュジェ、椅子はイームズ。谷口さんの中では今もモダニズムの時代が続いているのだろうなと少しセンチになります。
2005年10月27日
●六本木ヒルズ(森アーツセンターギャラリー)
昨日は午後から都内で打合せでした。帰路についたのは午後5時過ぎ、今回は六本木ヒルズにある森アーツセンターギャラリーに寄り道することにしました。夜8時まで開いているのがありがたいです。
六本木ヒルズは森ビル株式会社が手掛ける大規模再開発プロジェクトで、ブランドイメージの確立という点でとても成功していると思います。「ヒルズ族」と呼ばれる方たちの動向が毎日のようにメディアを賑わすのもその一例でしょう。
東京メトロの出口を出ると、タワー棟が正面に来ます。タワー自体は寸胴気味なのですが、デザインで上手くカバーしています。ライトアップのイメージは重厚かつ未来的という感じでしょうか。ここの52階が森アーツセンターギャラリーですが、入口は左手に少し歩いたところにあります。ちょっと分かりにくいです。
空に聳えるタワーです。森ビルは他との差別化をとても意識しているので、そこを踏まえて観ると興味深いです。
歩廊の壁面は広告スペースになっています。第18回東京国際映画祭開催中です。
そしてギャラリー入口へ。途中庇が切れて雨に濡れたりする大味な部分があるのも森ビルらしいです。ここからギャラリーへの道のりはけっこう長いです。要所要所に人を配してホテルライクな雰囲気を演出していますが、できればもう少し短い方が良かった。。。
2005年10月14日
●根津美術館
根津美術館には、充実したコレクションに加えて、創立者根津青山翁の旧邸であった広大な庭園があります。高低に富み、深緑の中を建物が見え隠れし、時に水辺が広がる園内は、幻想的ですらあります。とても良く造りこんであるのですが、それを全く感じさせない構成が素晴らしいです。東洋美術の至宝と幽玄な庭園の組み合わせが、他に並ぶものない空間体験を創り出しています。
美術館へのアプローチです。屋根の向こうに建設中の超高層ビルが見えます。もう少し奥に行くと、六本木ヒルズのタワーも頭を出します。右手に庭園が広がります。
庭園に降りてゆくと、ビルが見えなくなり鳥のさえずりが聞こえます。深山の中を散策しているような錯覚を覚えます。
そして広がる水辺と、浮かぶ木船。造りこまれた「絵」がピタッと決まります。紅葉の頃はさぞ美しいでしょう。
道端の石仏。これも「絵」ですが、さり気なく決まっています。
2005年09月13日
●代々木国立屋内総合競技場
コンクリートの彫塑的な造形と鋼のケーブルで屋根を吊るダイナミックさで、強烈に記憶に残る近代建築の傑作です。設計は丹下健三・都市・建築設計研究所、竣工は1964年です。先日、渋谷区役所に行く際に久しぶりに通りかかりました。伝統的な形を踏まえつつ、それにうねりを加えたような大屋根の迫力に目を奪われました。駐車場側から見るとそのうねり具合が良く分かります。
翌朝ニュースをチェックしていると、女子バスケットWリーグ開幕戦の結果が載っていました。柏に本拠を置くJOMOサンフラワーズは昨期優勝のシャンソン化粧品に快勝、会場は代々木第2体育館。写真の建物の隣です。全然気がつきませんでした。
2005年05月23日
●代官山アパートメント 1996
同潤会のアパートメントシリーズの中でおそらく1、2を争うほど有名な計画でしょう。竣工は1927年です。銭湯や食堂は地域の名所として外部の人にとっても親しみのある場所でした。写真の日付は1996年8月12日です。当時は代官山にある設計事務所に勤めていたのですが、取り壊されると聞いてあわてて見に行きました。「さよなら同潤会代官山アパート展」というイベントの最終日だったのですが、そこは既に生活の場ではなくアートワークを展示する廃墟でした。生活の場があっさりと消滅することに驚きました。在るうちにもっと観ておかねば。
大きな木々の中に散在する建物。「古き良き」を画に収めようと思って歩き回りました。今思うと、もっとイベントを楽しめば良かった。
建物外観。意匠的にあまり古いとは思わないのは、時代が一回りしたのか、それほど進歩していないからなのか気になります。
いくつか公開されていた内部の一つ。緑の近さが印象深いです。住んでみたかった。
2005年05月22日
●青山アパートメント 1991
同潤会のアパートメントシリーズ初期に位置する計画です。竣工は1927年です。通りに面した建物とケヤキ並木で形成された「街路空間」は、東京で最も美しい景色の一つでしょう。日付は1991年6月20日です。この景色も既になく、森ビルと安藤忠雄建築研究所による再開発工事が進行中です。学生の頃に見た景色すらどんどん消えてゆく現状に驚きつつも、来年に出現する新しい表参道の顔を楽しみにしています。
街中で「移ろい」を感じることのできる成熟した街路の風景。この後継として、自然と向かいあう力強さと「こうすればいいやん」を実現するパワーをあわせ持つ安藤建築が出現することはとても楽しみです。
雨、花、闇。ここは江戸と地続きだなと実感できる場所でした。
2005年05月20日
●江戸川アパートメント 1991
関東大震災後に設立された同潤会によるアパートメントシリーズの一つです。シリーズの最後期に位置し、竣工は1934年です。当時はその規模、設備において東洋一と称されたそうです。学生の頃、お化けアパートがあると聞いたのがきっかけで、興味を持つようになりました。中庭を囲む美しい配置計画に、少し荒れた独特の雰囲気が加わって、時間の流れを止めたような懐かしい風景を作っていました。日付は1991年4月5日です。先日近くまで行った際に見に行ったら、今風のマンションに建て替わっていました。生活の場なので、時代に合わせて形を変えていくことは必然です。しかし、土地の記憶ともいえる「中庭」の引き継ぎ方はもっと工夫して欲しかった。
左手が6階建ての一号館、右手が4階建ての2号館、全部で260戸の計画でした。現代の中庭型団地、幕張ベイタウンとの比較に興味が湧きます。
桜、雑草、水場。どこにでもありそうで、あまりない景色。70年の歴史は長かったのでしょうか短かったのでしょうか。
2005年05月11日
●旧朝倉邸と庭園 2003
代官山に残された貴重な文化遺産、旧朝倉邸と庭園(当時は渋谷会議所)が開発の危機にさらされたのは今から3年程前のことです。そこから保存運動が起こり、見学会やシンポジウムを経て、現在は重要文化財指定を受けた上での公開に向けて調整中です。ことの経緯は「旧朝倉邸と庭園の将来を考える会」に詳しく載っています。敷地は目黒川に向けての傾斜地に位置し、邸宅内には三田用水が流れていたそうです。
写真は保存運動の一環として開催された見学会に参加した際に撮ったものです。日付は2003年1月18日。この後のシンポジウムで槙さんが「ポーランドの街は戦火で焼けてしまったので、チョコレートの箱絵から再生した。日本は山があって川があると安心してしまう。切実さが足りないのではないか。」とおっしゃっていたのがとても印象に残っています。富士山は見えますが年々その場所は減りスカイラインは乱れる一方、目黒川は流れていますがそこへ至る傾斜を感じることはほとんどない。それが2003年の代官山です。それは「こんなに残っている」のか「必死になって守らないと消えてしまう」のかどちらでしょう?
柏で例えると、花野井の吉田家住宅の建物と庭園にこんぶくろ池の立地を合わせたところに開発計画が持ち上がり、地元有志から始まった保存運動が実を結んだという感じのお話です。今回はひとまずハッピーエンドですが、実際には開発の波に飲まれて消えてしまう例が圧倒的に多いです。そして手賀沼景観は「こんなに残っている」のか「必死になって守らないと消えてしまう」のかどちらでしょう?開発だけでは長く残る街はできませんし、保存だけでは経済は停滞してしまいます。今あるものを活かしつつ街を作っていく方法を根気強く考えていきたいと思います。
玄関です。右手に塀を隔ててヒルサイドテラス、左手に傾斜した庭園が広がります。
建物を通して庭園を見ています。この傾斜が目黒川へと続いていたわけです。
中庭です。前の写真の和室に上がって反対を向いています。こちらは生活のための場です。
2階より旧山手通り側を見ています。右手にヒルサイドテラスB棟が少し見えます。昨日とは対照的な風景です。
2005年04月29日
●茨城県営滑川アパート 2000
傾斜のある敷地形状を活かしつつ、三つの建物で中庭を形成した集合住宅です。中庭に面して縦横無尽に伸びる空中歩廊が圧巻です。設計は長谷川逸子・建築計画工房と横須賀満夫建築設計事務所です。
こちらの建物の設計が始まった頃に、元倉さん(私が勤めていた設計事務所の所長さん)の発案で見学に行った際に撮った写真です。日付は2000年2月19日です。配置計画を巡って、低層面状配置か、塔状散在配置かで試行錯誤が続いていた時期なので、イメージに近い例を見て考えようという意図があったのだと思います。
高低差+変形形状を巧みに取り込んで、空中歩廊が軽快にうねります。造形のアクロバットを見ているようです。
この計画の大胆なところは、南側玄関の住戸を多用しているところです。中庭に面して共用廊下を廻せば南側に廊下がくる住戸もできてしまいますが、通常は廊下を北側まで伸ばしたりして南側玄関を回避します。プライバシーや防犯面で問題が出やすいからです。ここでは逆に、玄関の横にサンルームを配置して、コミュニケーションを誘発する装置として計画しています。実際にはカーテンで覆われている住戸が多いので、今のところ使い切れていないようです。
2005年04月20日
●アクティ汐留 (モデルルーム) 2002
ちょっと番外編です。都市再生機構(旧住宅・都市整備公団)が建物の設計を建築家に依頼した(今回の例では数戸の住戸内装ですが)という点で、東雲キャナルコートの前にくる作品です。設計はシーラカンスアンドアソシエイツ、施工は竹中工務店です。六本木に建設されたモデルルームの見学会に参加した際に撮ったものなので、実際のものとは多少異なるかもしれません。日付は2002年3月8日です。通常1住戸分の平面を、上下2層つなげた上で縦に半分に割ったのがミソです。
コンセプト上、細長いボリュームの空間が連続します。住宅というよりはオシャレな美容室という感じです。
階段を上がって反対側を向くと、ガラスの洗面、浴室があります。「一人で住んで、たまに友人を呼んでパーティーをする」というライフスタイルなのでしょう。超一流企業が林立する汐留ならではのプランだと思いました。
2005年04月19日
●東雲キャナルコート 1街区、2街区 2003
都市再生機構(旧住宅・都市整備公団)が手掛ける大規模集合住宅です。全体を6街区に分けて、各街区を別々の建築家チームが基本設計を担当しています。1街区は山本理顕設計工場、2街区は伊藤豊雄建築設計事務所が担当です。写真は内覧会に参加した際に撮ったものです。日付は2003年7月7日です。冒頭で山本理顕さんが「公団を少しは変えられたんじゃないか」とおっしゃっていたのが印象に残っています。
1街区より2街区を望みます。右手が1街区南棟、奥に見えるのが2街区東棟です。14階分の壁に囲まれて街路と広場が形成されています。左下のR状の部分が他街区へと伸びる街路です。これに面してショップが並びます。その左手に見えるのは保育園です。2階レベルのデッキ広場と街路、保育園が立体的につながるダイナミックな外部空間です。
2階デッキ広場より保育園を望みます。お互いの視線は通しながら、動線は制限しています。共通のデッキ材と芝生を使うことで全体で1つの景観を作っています。この写真では分かりませんが、上から見下ろしたときの幾何学パターンも美しいです。
建物には2層吹抜のオープンスペースがいくつもあり、建物の外観を特徴付けています。これは1街区側のものです。共用通路とつながっており、屋外広場的な場所です。ここに面する住戸には大きな開口部が設けてあり、引戸で視線をコントロールするようになっています。上階は良いのですが、下階はちょっと厳しそうです。
ライフスタイルに合わせて様々な住戸パターンが用意されているのですが、私はここが一番気に入りました。オープンスペースを挟んでフリールーム(趣味とかSOHOとか)とLDK+寝室が向かいあう間取りです。奥に見えるのがフリールーム、手前がLDKです。
オープンスペースはプライベートな中庭になっています。ほとんどが共用な中で、とても贅沢な空間になっています。2街区側のオープンスペースの1つです。
2005年04月18日
●パークコート杉並宮前 1996
今では当たり前になりましたが、大手デベロッパーのマンションを建築家がデザインするというスタイルの先がけとなった作品です。デベロッパーは三井不動産、設計は早川邦彦建築研究所です。何より衝撃的だったのが、建築雑誌でなく、新聞の全面広告で初めてこの建物を知ったことでした。隣接する公園の緑と中庭の緑に溶け込むような透明感の高い建物のパースもインパクトがありました。写真は建物が完成したオープンハウスのときに撮ったものです。日付は1996年9月13日となっています。こんな好条件(立地、建物ボリューム)での計画自体が珍しいと思いますが、民間マンションでも美しい広場が作れるという好例だと思います。
ケヤキ並木のある中庭です。大きなバルコニーのフレームと吹抜のLDK開口部によるすっきりとした外観が特徴です。
吹抜のLDKより中庭を望みます。
手前の中庭の緑と、奥の公園の緑が、建物を間に挟みつつ連続します。
2004年05月15日
●倉敷県営中庄団地、市営中庄団地
以前にマスタープランと基本設計を担当した倉敷市営中庄団地第2期工事が竣工したとのことで、見学に行きました。中庄団地は県営が1~4期、市営が1~2期(計画は4期まで)まであるのですが、お互いの歩行者空間が連続していて、ずっと散歩道のように歩いていけるように計画されています。周辺の人達にも使ってもらうことで地域に溶け込むという発想です。残念ながら県営の4期でこの構想は断絶してしまったのですが、その後も市営の1期、2期に引き継がれています。
県営1期。左手に帯状に連続する棟、右手に塔状に散在する棟が並びます。中庄団地建替えのトップバッターです。
県営2期。プランターボックスと屋根線と壁の出入りで空中歩廊を造形しています。下の階とは開口方向を90°ひねっているので日照的には疑問がありますが、落ち着きの感じられる上手いデザインだと思います。
県営3期。これまでよりも建物を高層化して、歩行者空間を公園のように拡大しています。ランダムな形態が続いていて、良くまとめられるなと感心します。
市営1期。宙で留まる歩廊は県営4期から伸びる予定だった歩廊を受けるデザインの名残だと思います。敷地内を大きく回った後に動線は右手にある2期へと伸びます。
市営1期より2期を望む。手前右手が集会室です。わざと敷地端に持ってきて工区間の住民のつながりを高めるという発想です。奥に見える円形劇場もどきはその対として計画されたスペース。実際には手摺を付けられてしまい広場としては使えません。
市営2期より1期を望む。1期の集会室が見えます。
●坂出人工土地
倉敷市営中庄団地を見学した後に足を伸ばして坂出人工土地を見学に行きました。人工地盤の考え方は今では珍しくありませんが、街ごと持ち上げようと発想し、本当に実現してしまった極めて珍しい例だと思います。しかも現役です。
実際に訪れてみると、シンプルな形態とダイナミックな空間構成による非常に良く出来た街路デザインであることがわかります。その一方で、街全体からは荒涼感が漂っているのも事実です。それは設備を更新すれば蘇るといったたやすいものではなく、計画時に描いた世界観が既に崩壊して遺跡になるつつあるかのようです。これほどの計画が40年に満たずに今の状態を迎えている様は、街を造ることの難しさを改めて考えさせられます。
地上面に面した階は商業施設が入っており、成長した並木が美しい景色を形成しています。
人工土地は平坦なだけではなく、ホールの天井傾斜をそのまま形にした傾斜地もあります。人工的に丘の上の傾斜地型テラスハウスを作り出しています。
人工土地の上にはモダンな意匠の街が展開されます。デザインという面では本当に今も昔も変わっていないと思わされます。
立体的に展開される街路。白いドームは地上階の駐車場へのトップライトだと思います。