2017年02月26日
●読書メモ 「耐震偽装」細野透 日本経済新聞社
書名 耐震偽装 なぜ、誰も見抜けなかったのか
発行 2006年2月24日 1版1刷
著者 細野透
発行所 日本経済新聞社
冒頭の『「限界耐力計算」を用いた「合法的な姉歯物件」』という記述から、「姉歯事件を理解する一助になるかも」と興味が湧きました。著者は「日経アーキテクチュア」編集長等を勤めた建築ジャーナリストで、一級建築士。『じっくり読み進めてもらえれば、どこかでカチッと回路がつながって、全体像が見えてくるはずだ。』という言葉に従い、読み進んでいきました。
第1章 ヒューザー過ちの軌跡
建設費と建物強度の関係から、建物強度を落とすことから得られるコストダウン額を推定(建設費はマンション価格から推定。)。その結果は非常に非合理なもの。
売り主の品質管理能力が欠けていた。さらに誰も見抜けなかった。
第2章 建築基準法への疑問
1981年の新耐震設計法の導入までは、大地震と耐震基準改正は「1対1の対応」だった。しかし、2000年の性能設計法の導入は「1対1の対応」になっていなかった。
上を目指すはずの性能設計法は、「下方調整」のためにも使われた。下方調整のターゲットは、構造設計者が上乗せしていた余裕部分にも向けられ、それもそぎ落とされていった。
構造専門家の間では、「耐震性は躯体コストに比例する」ことが常識になっている。
第3章 ブラックボックス化する構造計算
構造計算の目標は2つある。まず、比較的頻度の高い中小地震(震度5強)に対して、建物に被害がほとんど生じないこと。そして、極めてまれにしか起こらない大地震(震度6強から7)に対して、建物が倒壊せず人命を保護すること。
構造計算には4つの方法がある。「簡単な方法」、「中間的な方法1 (限界耐力計算)」、「中間的な方法2 (エネルギー法)」、「高度な方法 (時刻歴応答解析)」だ。「簡単な方法」はさらに「ルート1 (許容応力度計算)」、「ルート2 (剛性率、偏心率計算)」、「ルート3 (保有水平耐力計算)」の3タイプに分かれている。
「高度な方法」は、縮小モデルを使った振動実験に例えられる。
「中間的な方法」とは、「高度な方法」のエッセンスを要約して、時刻歴応答解析という難しい計算をしなくてもいいようにした簡略法。
「簡単な方法」は、ジャッキを使った加力実験に例えられる。
「ルート1」では、中小地震が発生したとき、建物荷重の20%に相当する水平方向の地震力が加わっても、弾性限界を超えないことを確認する。
「ルート3」は、大地震が発生したとき、建物荷重の40%に相当する水平方向の地震力が加わっても、建物が耐えられる最大の力(保有水平耐力)が、大地震時の躯体に加わる力(必要保有水平耐力)を上回ることを確認する。
姉歯氏が用いたのがルート3。判定基準が0.5以下だったりした。
2000年に性能設計法が導入された。構造設計は「中間的な方法1、2」が加わって、4本立てになった。
日本建築構造技術者協会(JSCA)の偽装事件防止に関する4項目の提案(抜粋)
[将来望ましいこと]
・確認申請料を10倍にする。
・構造設計者を法的に位置付け、責任をもたせる。
・必要に応じて、建築指導課および民間検査機関はピアチェックを要求できる。
・発注者及び設計者に保険を義務付ける。
「中間的な方法1」は建物の構造を「1質点系」にモデル化する「等価線形化法」に基づいて、地震時の損傷を推定する。
マンションが10階建てだと10質点系なのだが、計算を簡単にするために1質点系に仮定してしまう。技術的に間違いなのだが、法律違反ではない。ピアチェックならそこにストップをかけられる可能性が高い。
第4章 構造設計者の境遇
かつての設計料は、日本建築家協会が制定した設計・監理報酬料率表に従って決められるケースが大部分だった。
1975年に、公正取引委員会から「独占禁止法に違反する疑いがあるので、この表を使ってはいけない」と行政指導された。
1979年に建設省(現国交省)は告示1206号を出した。設計・監理報酬額は概ね略算式で求めるが、難しいのは「業務人・日数」「一日当たりの人件費」「経費係数」の決め方。
日本建築士事務所協会連合会では、独自に設計・工事監理標準業務料率表を示している。
日本建築家協会の旧設計・監理報酬料率のうち、設計料率部分が実質的に一つの上限になっている。設計事務所の側が、監理をやる余裕がないと考えて、形式的な監理しかやらなくなっている。
第5章 確認審査の実態
確認申請を審査する担当者が偽装をやすやすと見逃してしまった。確認検査機関がミスすると特定行政庁が責任を問われる。
民間確認検査機関ランキング1位の日本ERIの場合、構造担当者の年間審査件数385件という数字自体が驚き。
第6章 マンショントラブルの構図
欠陥マンションの歴史。
第1期。1970年前後の「万博景気のころ」。水が多い「シャブコン」打設。
第2期。1970年代後半の「オイルショックのころ」。セメント等の建築資材不足。
第3期。1990年代前後の「バブル経済期」。人件費高騰、施工技術の極端な低下。
1998年ころから始まった、「現在のマンションブーム」。バブル期に比べて約70%にまで低下した建設費や、短すぎる工期、優秀な技能者の不足、不十分なチェック体制。
第7章 躯体コストからの発想
建物価格=消費税額÷消費税率
土地価格=分譲金額(税抜)-建物価格
一般的なマンションの価格=プロジェクト利益(10%)+諸経費(15%)+建設費(40%)+用地費(35%)
建設費=工事費、設計・監理料、開発申請費用、近隣対策費等
首都圏の分譲マンションの工事費=構造費(27.9%)+仕上費(36.1%)+設備費(19.2%)+その他(仮設・諸経費)(16.8%)
首都圏のマンションの構造費=躯体費(76.3%)+土工費(10.5%)+地業費(13.2%)
姉歯氏が操作したのは躯体費だった。
建設物価調査会のJBCI(ジャパン・ビルディング・コスト・インフォメーション)によると、首都圏の分譲マンションの建築工事費の平均坪単価は63.4万円、戸当たりの平均工事費は1,700万円。
建築基準法が定める耐震設計基準は、大地震時に建物が倒壊せず、人命を保護することを目的とした「最低基準」にすぎない。
国交省は2000年に「住宅確保促進法」を施行し、住宅性能表示制度を導入。耐震等級1、2、3を新設した。
耐震等級1を2にすると建設費は約2.5%、3にすると約5%アップする。
耐震構造は地震の揺れに対して「ひたすらがんばって耐える」。
免震構造は建物を地面から切り離し、間に免振層を設けて、「地震の揺れから逃れようとする」。建設費は約3%アップする。
制振構造は建物にダンパー(粘りや弾力のある部材)を組み込んで揺れを吸収し、「振動を制しようとする」。千差万別だがおおむね1%程度アップする。
構造専門家がベストと考えているのは免震構造。
第8章 どうすれば安全なマンションに住めるか
筆者が提案するのが「耐震性重要事項説明書」の作成を義務付けることで、その中核をなすのは「躯体費分析マップ」。
■感想
筆者が描き出そうとしたであろう、国も含めた建設業界(特に設計関係者)の疲弊については、ぼんやりながらも伝わってくるものがありました。その点で良くまとまっていると思います。同時に、本書が書かれてから10年以上経過してなお、何らかの有効な対策が実行されたという実感がないことに愕然としました。JSCAの提案しかり、躯体費分析マップしかり。
結局、自分でしっかりと調べて決断することが大切ということなのかと思いました。
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