2008年05月09日

●茂木健一郎「欲望する脳」

 茂木健一郎「欲望する脳」を読みました。「欲望」と「脳」という相反しそうなイメージを結びつけるネーミング。快楽の中を漂いつつ現実と切り結ぶ茂木論理の飛躍と展開を期待して購入しました。本書は、集英社のPR誌「青春と読書」に連載された「欲望する脳」に一部加筆、修正を加えた、全24章からなるショートエッセイ集です。

 冒頭に孔子「七十従心」が登場し、その境地とはいかなるものかと謎賭けします。それが全編を通してのキーテーマとなります。
 「己を律した聖人の人生訓を底本にした、茂木流時事説話」と思えた前半は、かなりテンションが下がりました。章が短いので、快楽に浸る間もなく、あっという間にまとめ。字数の制限か、キーワードの羅列はツライ。茂木節とショートエッセイは相性が悪いのでは?と思ってしまいました。

 しかし、それだけではない。読むにつれて、そんな思いが募ります。
 「14 欲望の終わりなき旅」。荻尾望都さんとの対決。それまで仙人の如く淡々と達観してきた茂木節が少し変調します。「人間、追い詰められるとなんとかなるものである」。傍観から舞台へ上り、「終末開放性」を足がかりに既定論を踏み越えて行きます。
 「15 容易には自分を開かず」。若冲登場。「鳥獣花木図屏風」、「動植綵絵」、ついでにフェルメールの名も。一気に興味が高まり、BRUTUS「若冲を見たか」が思い浮かびます。そして「糸瓜群虫図」を材にとって、「「自分」という宇宙に立て篭もることで、開かれた地を獲得してきた」と結びます。ゾクッ、ゾクッと茂木ワールドが広がってゆきます。
 「18 アクション映画とサンゴの卵」。「ヒーローが必ず勝つアクション映画とサンゴの卵が海に放出されて、淘汰されていくプロセス」。その対比と、同一性の指摘。
 「19 欲望と社会」。「偶有性」登場。「私たち人間は、自分の脳の「使用説明書」を知らずに日々生きている」。
 「20 一回性を巡る倫理問題」。秘仏拝観を通して、「一回性」の論理に辿りつく。それは万能の理論ではなく、諸刃の剣。「うさんくささを甘んじて受け入れなければならない」。
 「21 魂の錬金術」。シャチは溺れて死ぬ。その凄惨なる末路。そして話は冒頭に回帰します。「否定的な感情を消し去りさえすれば良いというのは、精神における行き過ぎた「衛生思想」ではないのか?」。「「負」から「正」への転換の技法」。「七十従心」はもの凄い勢いで解体され、再構築されて、まるで何事もなかったかのごとく現実との折り合いを説く。このスピードとメリハリと接点の持ち方が飛び抜けています。
 「22 生を知らずして死を予感する」。「七十従心」解題その2。それは、死後に完成する理想像。えーっ!
 「23 学習依存症」。エピローグ。学習の悦楽と「七十従心」。
 「24 一つの生命哲学をこそ」。グランドフィナーレ。「可能無限」が溢れる現代。「欲望」が「利己的」のニュアンスを失って、その先は。。。

 時間をかけて書き綴られたせいか、それとも意図的なのか。論調が少しづつ変化してゆき、テーマが当初のイメージから大きく変容してゆく過程はスリリング。聖人を固定化せず、変化し続ける存在として捉えて、強さも弱さも合わせて論じるスタンスも独特。大上段に構えず、小論の積み重ねと飛躍で話を引っ張る大技は、読んでいてドーパミンが分泌されます。

Posted by mizdesign at 2008年05月09日 20:51
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コメント

 mizdesignさんの脳にひっかかる
キーワードが連繋をもってきて広がり
連関するのが、面白いですね。
 この本の構成 前半は足慣らし、助走
そうして......ラストスパート しているかも?
意図的に!読書はマラソンです。

Posted by panda at 2008年05月10日 11:30

panda様>
こんにちは。
このエントリーは僕の備忘録なので、キーワードの羅列ですが、おっしゃるとおり言葉が次々とイメージを連環してゆくところが本書の面白さだと思います。

茂木さんの最大の特徴は、複雑化した現代を把握不可能なモノと定義せず、それでも向かい合おうとするところです。
通常は把握不可能なモノとして定義した上で、扱う範囲を切り出して世界を構築するのがセオリーですが、そこを超えてくるわけです。
この例は、梅田さんの本に登場するGoogleの例を除いて他に見た覚えがありません。
そこが面白いと思います。

Posted by mizdesign at 2008年05月11日 10:25
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