2005年06月15日
●亀戸天神境内 1991
浮世絵の視点から見る「今」の六回目です(一回目、二回目、三回目、四回目、五回目)。
亀戸天神社の創建は1662年。広重の「名所江戸百景」にも登場する藤の名所です。境内は戦後の再建だそうですが、今でも藤まつりの頃は多くの人で賑わいます。六回目にしてようやく江戸時代から続く名所の登場です。日付は1991年4月27日です。
太鼓橋の円弧を中心に配して、手前に藤、奥に遊興客を見せる構図は今も健在で、広重の画と今の風景を比較することで、広重の視点と脚色の手法が想像できます。今回の例だと、太鼓橋を巨大化して画面分割のフレームとすることで、藤、遊興客、境内を一枚画に再構成したのでしょう。縦に2倍くらいスケールアップしている感じです。冷静に考えると、水面から10mほど立ち上がる橋って相当怖いです。大胆な構図の取り方は、広重の北斎研究の成果なのでしょうか。
2005年06月11日
●富嶽三十六景、名所江戸百景
昨日は打合せの合間を縫って、大田区立龍子記念館で開かれている「特別展葛飾北斎富嶽三十六景」と、太田記念美術館で開かれている「歌川広重のすべて 第三部: 名所江戸百景」を梯子しました。こちらで知り、あちらに先を越されつつもようやく鑑賞できました。
浮世絵風景画の2大絵師の代表作を見比べるのは卒論の題材選びのとき以来なので、15年ぶりということになります。昔は構図にかちすぎる北斎、ぼかしと色彩で情感を湛える広重という印象でしたが今回はどうでしょうか。
龍子記念館は展示方法に少々難がありました。照明を暗くするのは作品保護のためにやむをえないのですが、画の位置が低く、下を向いての傾きが大きいので、いちいち腰をかがめた上で視線を上に向けないと画を正面から鑑賞できません。これはかなり疲れます。画との距離もあるので、せっかくの実物の展示にも関わらず詳細を鑑賞することができません。とてももったいないです。水面に映る逆さ富士を見出す眼力や、神奈川沖浪裏や凱風快晴に代表される傑出した構成力は、貪欲な天才という言葉がピッタリだと思います。漫画の神様と称される手塚治虫さんも若手の才能に嫉妬する貪欲さで有名ですが、どこか似たものを感じます。添景を使いまわす北斎と、登場人物を使いまわす手塚さんの手法(スターシステムと呼ぶそうです)も同じ発想なのでしょうか。
太田記念美術館は浮世絵専門を謳うだけあって、展示室の一部が畳敷きになっていたり、休憩どころに石灯篭があったりして館内の作りが凝っています。展示も、照明は暗くしつつも高さが適切かつ傾きも小さいので観やすいです。ガラス越しとはいえ距離も近く細部まで鑑賞できます。浮世絵の製作過程の解説もあり、版元、絵師、彫師、摺師の関係がよく分かります。入館料は龍子記念館の2倍ですが、それでもこちらの方がずっと良いです。展示内容は以前に行った企画展の使いまわしで、「名所江戸百景」を舞台となった地域毎にまとめ、大正時代と平成にほぼ同じ場所から撮った写真と並べて展示するというものでした。風景画の史料価値を掘り起こす興味深い試みなのですが、「名所江戸百景」自体が広重の頭の中で再構成された画であること(視点が空にあったり、色々な場面を一枚画に納めたりしています)と、平成の写真が平凡で比較素材となりえていない(シーズンオフの観光地の写真とか、100mほど歩くと富士山が見えるのに建物で画面を覆った写真とかを観ていると、もう少し時間と手間をかけて欲しいと思います)という点に少し疑問があります。でも比較して観ることで、首都高がいかに水辺景観を破壊したか、現代の街のスカイラインがいかに貧しいかが浮き彫りになります。一通り観た後、比較写真を観ることは止めて、浮世絵の美しさに専念して観ました。版画なのが信じられないほど細かい描画、職人芸と唸らされる霧に煙る表現、やや大味な画を交えつつも118パターン(二代目広重1枚、目録1枚で全120枚)もの連作を完成させた広重の力量は素晴らしいです。
結局、鑑賞環境の差が大きかったので、北斎と広重の見比べという試みはあまり意味がありませんでした。9月に太田記念美術館で富嶽三十六景の展示があるので、機会があればそちらも観てみようと思いました。
余談ですが、「東海道五十三次」には写真家林忠彦さんの「東海道」という、文字通り命を賭けて撮った写真集があります。広重の東海道五十三次(特に保栄堂版)と現代の東海道の対比は見ごたえ充分です。
太田記念美術館の入館券です。広重展でも画は北斎。一枚画の完成度は北斎の方が上手でしょうか。
2005年06月10日
●Nurseglove
五月初旬に「Nurseglove」という展覧会を観に行きました。根性試しに1/1巨大ロボットを鉄を叩いて作っていた方が、その完成を記念して開いた個展です。詳しくは作者の方のブログ「なんでも作るよ。」のここらへんを御覧下さい。
ブログ自体は大分前から読んでいたのですが、とにかく鉄の塊という質感と、根性試しという製作動機に惹かれました。製作が進むにつれて原作アニメの製作元の公認がついたり、製作記の出版が決まったりで盛り上がっていくのですが、読者としては個展開催が何より嬉しかった。
実際に観ると、鉄の塊の圧倒的な存在感と、元デザインのメリハリの効いたハッタリがいい具合に混ざり合って、本当にありそうに思えてしまうパワーが溢れていました。「オトコノコ」は大好きですよ、こういうの。
写真は記念に製作された刻印ボルトです。昨日届きました。背景は今回の製作記をまとめた本「タタキツクルコト」です。展覧会自体は無料だったので、入場チケットのつもりで購入しました。両方とも会場では品切れで、予約して後日発送という人気っぷりでした。
2005年06月09日
●明治神宮御苑花菖蒲之頃 1991
浮世絵の視点から見る「今」の五回目です(一回目、二回目、三回目、四回目)。
明治神宮御苑は、江戸時代は加藤家、井伊家の下屋敷の庭園だったそうです。花菖蒲が植えられたのは明治30年なので、この風景も江戸時代にはありませんでした。今回紹介する三つの場面は、「移ろいの風景論」(小林亨著 鹿島出版会)の中で、五感を用いて体験する移ろい景観の体験場の代表例として登場します。日付は1991年6月20日。本の元になった論文を読んで興味を持ち、体験に行きました。余談ですが、先に紹介した青山アパートメントはこの後に訪れています。徒歩10分の素敵なタイムトリップでした。
奥にあるのが隔雲亭です。以下、「移ろいの景観論」からの引用です。「開け放たれた戸口から雨線・草木の濡れ(視覚)、外気(触覚、嗅覚)、屋根の雨音(聴覚)が体験される。建物内で婦人が茶を飲んでいる。五感的体験の稀な例である。」(引用終わり)
東屋へと向かいます。以下、引用です。「傘をさしながら東屋へ向かう。視覚的体験にとともに、雨による濡れと雨音などが体験されている。」(引用終わり)
この写真は、本の中の写真よりも引いた構図になっています。画面中央に橋を配しての画面分割は、少し浮世絵を意識したのだと思います。
以下、引用です。「aの状態から移動し、濡れと傘をさす行為から開放されて視覚的体験を楽しむ。この種の景観体験の典型が雨宿りである。」(引用終わり)。文中のaは前の写真を指します。
2005年06月07日
●ミコノス島、サントリーニ島 1994
ミコノス島、サントリーニ島を訪れたのは1994年10月初旬のことです。大学院が修了して、さあ就職して実務を覚えるぞ!でもその前に白い家と青い屋根の街並が見たい、エーゲ海クルーズもしたいというわけで出かけました。興味をもつきっかけになったのは「エーゲ海・キクラデスの光と影」という本なのですが、BAO/BABB.Session01の1st.はこの本を資料としてエーゲ海の暮らしを紹介するそうです。面白い偶然もあるものです。
講師の方は本の元になった調査に参加されたそうで、柏なのに何故エーゲ海?という疑問にも、持ち前の噺家スピリットで駄洒落に包んで切り返してくれることでしょう。
サントリーニ島では、1つの平面に白と青を塗り込めたような画を探して島を歩き回りました。浮世絵に見られる大胆な平面構成と色彩へのこだわりが少しあったかもしれません。エーゲ海も年中晴れているわけではありません。
ミコノス島です。バケーションシーズンも終盤、あと数週間で台風期に入るということでのんびりムードでした。道一杯にテーブルが並んで、街ごと広場みたいで面白かったです。食べ物も美味しかったです。
2005年06月05日
●表参道周辺
先週の金曜日は朝から打合せ、夜も打合せでした。その間に時間が空いたので、表参道周辺を散策しました。このあたりは有名建築家の建物が建ち並んでいるので、設計に携わる者にとってはディズニーランドよりも面白いところです。街路空間に嵌め込まれた豪華な壁面群を紹介します。
青山通りにある「spiral」です。洗練されたバランス感覚で諸機能を積み上げて形成される表層、アトリウム内周に沿って弧を描くスロープ、街に対して開いた大階段。街と建物の関係性をとても上手くデザインした傑作だと思います。設計は槙文彦+槙総合計画事務所、竣工は1985年です。写真で段状に宙に浮くガラス面が大階段ですが、これに相対する街は未だに出現していません。
青山通りを左に折れて表参道へ。その角にニョッキリと出現するのが「ONE 表参道」です。エッジをきっちりと造形することで街路空間を明確に規定、ケヤキ並木に配慮した木ルーバーの表層。なんでしょうが、明快すぎて本気なのか冗談なのか迷います。設計は隈研吾/隈研吾建築都市設計事務所、竣工は2003年です。
少し歩くと「TOD'S 表参道」が見えます。ケヤキをイメージしたコンクリートの外壁は、想像以上に綺麗で、ケヤキ並木と調和していました。その反面、内部は採光面の制約が厳しそうです。設計は伊東豊雄建築設計事務所、竣工は2004年です。
更に先に行くと、「Dior 表参道」が見えます。白いシンプルなボリュームの全面に、レースのカーテンを掛けたような美しい影が映ります。ガラスとアクリルの合わせ技だそうですが、硬質な影ばかりの街に異彩を放っています。設計は妹島和世+西沢立衛/SANAA、竣工は 2003年です。
そのお向かいさんで工事が進むのが、「表参道ヒルズ」です。以前に取り上げた青山アパートメント周辺の再開発です。どんな街が出現するのでしょうか。設計は安藤忠雄建築研究所、竣工は2006年の予定です。